紅鳶の章SS

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淫花廓ゆうずい邸の男娼としての年季を終え、次期楼主として研修を受けるようになってから数ヶ月。 男娼の健康や成績の管理、収支の細かい内訳や取引先の把握と、とにかく覚えることが多くて日々記憶力との闘いが続いていた。 それだけじゃない。 膨大な数の顧客の顔を覚えるだけでも大変なのに、客の経歴を覚えたり、客同士の繋がりも把握しなければならなかったりと研修はなかなかハードで。 体力にはかなり自信がある方だったが、今では足を引き摺るようにして家に帰り死んだように眠ってしまう事も多い。 しかし、それでもこれまで体調一つ崩さずに毎日なんとかやっていけてるのは、一緒に暮らしている愛しい人のおかげで。 今ではアオキなしでは生きられないといっても過言ではない。 アオキはしずい邸の男娼から解放されてからも、昼夜逆転の生活を変えず付き合ってくれている。 たとえ帰りが遅くても必ず起きていて出迎えてくれるし、食事の準備に弁当、掃除に洗濯と紅鳶の身の回りの世話を不平や不満一言も漏らさず毎日献身的にやってくれているのだ。 そして、求めれば必ず応じてくれる。 この生活になってから紅鳶の性欲は日に日に強くなっていた。 これでも数ヶ月前の一線で働いていた当時は性欲のコントロールができていた。 萎えるような客相手でも勃たせ、満足させるなんて朝飯前だった。 しかし、この生活になってからなぜかそれが全くできなくなってしまったのだ。 その理由は一つ。 目の前にいるのが客ではなく好いた相手で、愛しい人だからだ。 好いた相手が目の前にいて、欲望をコントロールなんてできるはずがない。 それどころか一度押し倒してその乱れっぷりを目の当たりにしてしまうと、たとえ疲労困憊であってもついつい無茶な抱き方をしてしまうの事もあった。 しかしアオキはここでも不平不満を一言も漏らさず紅鳶の全てを受け止めてくれるのだ。 恥じらう姿も乱れる姿も全部が愛しくて、抱けば抱くほど艶やかに美しくなっていくアオキに身も心も心酔しきっていると自覚がある。 きっと一生かけて抱き潰しても、アオキに対する性欲が尽きることはないだろう。 しかし、いつも献身的に尽くしてくれているアオキにも何か思うところがあったらしい。 それは帰宅後、突然訪れた。 いつもならマウントを取っているはずの紅鳶の定位置にアオキが陣取って、こちらを見下ろしている。 きゅっと引き結ばれた唇と、ほんの少し吊り上がった眼差しから、彼が何かを決意して臨んできたことがわかった。 「アオキ?どうした?」 いつになく真剣なその表情に、何か怒らせるようなことでもしてしまったかとアオキを見上げる。 間接照明の薄暗いオレンジ色の明かりの中、透明感のある涼やかで清雅な姿に目が釘付けになった。 下から見上げると大概の人間は顔が崩れて見えるものだが、アオキはどの角度から見ても美しい。 まるで水の天女のようだな…起こっている状況も忘れて、紅鳶は呑気な事を考えていた。 「今日は…」 引き結ばれていたアオキの唇がそっと開く。 「うん?」 「今日は、俺が……します」 「うん……ん?」 アオキはそう言うと、なんの先触れもなく紅鳶のスーツを脱がし始めた。 今日は廓の外での接待(仕事)だったため、スーツを着ていた。 着慣れない洋服の窮屈さに早く脱いでしまいたいとは思っていたが、まさかこんな風に脱がされるとは… しかしアオキは上着とシャツを脱がせるのもそこそこに、性急な手つきで下肢に手を伸ばす。 ベルトを外され勢いよく下着をずらされると、まだ何の反応もしていないそれをパクリと咥えられた。 紅鳶自身、前触れもなく押し倒すことが多いのだが、異様な空気の中唐突に始まったアオキの口淫に思わず眉を寄せる。 「まて、アオキ…どうした?」 明らかに様子のおかしいアオキの行動に、紅鳶は慌ててそこから引き剥がした。
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