~◉いろはにおえど……◉~

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広い草っ原を通り抜け鬱蒼とした木々に包まれた森に入る頃には、周囲は斜めに明るいお日様の光が射し始め、さらに明るくなってきていた。 かなりの距離を進み、普通なら息も乱れ滝のような汗すら流れる場所でもあるが、呼吸も乱すことなく、まだまだ涼しげな顔で進んでいく。 「はぁ~……ここまで来りゃあ、まあちぃとだ」 森を抜け出たところに、太く大きな杉の木が悠々と高く立っている。 そこがこの山の頂上にあたり、長く繋がった地道が坂の下へ向かい続いているのが見える。 「あれま、あんちゃん今朝もあの暗ぇ森ば通って来たのか?毎度毎度、達者よのう」 ホッとした顔で腰の竹筒に手をやった時、不意に杉の木の陰よりしわがれた男の声がした。 「あ…か、か…ちょ……あ…あ……お、おっ……おは…よ……うごぜ……ますですはい」 驚き動揺しながら会釈する彼を見て、男の皺だらけの顔は一瞬にして笑顔を見せる。 この御老体は蜻蛉会の現会長で、若い頃は“夕闇の曼珠沙華”と老若男女が火照り騒いだ伝説の美青年、鬼蜻蜓(おにやんま)▪飛蜻(とせい)。 かつては旅から旅の流れ者で、行く先々で雌雄関係なく何人もを手玉にとり、次々に貢がせては好き勝手に贅沢三昧な生き方をしていた男だが、結婚を境に真面目に働き、落ち目と言われていた蜻蛉会を今日の形にまで引き上げた凄腕だ。
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