人の群れ、ただなかひとつの君の影

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 高校一年生にもなっていじめがあるのかといえば、いじめるやつがいる限りある、といえる。  僕が日々窮地を脱することができているのは、ひとえに僕が身に付けたある特技のお陰に他ならない。  空気が湿り気を帯びた、六月のはじめ。  高一にもなっていじめっこをやっている同級生が、終礼が終わったばかりの教室で、きょときょとと辺りを見渡した。 「あれ、鷺白(さぎしろ)どこいった? あいつ、フッと消える時ねえ?」  彼の名前は田内といったか、内田だったか、まあそのどちらかだ。  僕は田内(仮)の脇をゆうゆうとすり抜け、廊下へ出る。彼の視界には、僕は入っている。  しかし彼には、僕の存在を認識することはできない。 ■  僕は子供の頃から、存在感のない人間だった。 「いたの?」 「そこに?」 「いつから?」  何度それらの言葉を言われたか分からない。  きっと僕は、存在感とか覇気とか、そういったものとは生涯無縁なのだろう。小学校を卒業するころには、そう悟っていた。  そして、目立たない子は迫害しても加害者も目立たないというこの世のルールを把握したクラスメイトによって、僕は当たり前のようにいじめられた。  やがて、それを逆手に取った特技を僕は身につけたのだ。  僕はその能力を、「ステルス」と名付けた。  己の存在感を極限まで消し去ることにより、相手の目の前を移動してもまるで気づかれない。  もちろん容易に発動できる能力ではない。僕が極限まで集中し、空気の間をすり抜けるように動き、相手の意識の空隙を物理的死角にまで昇華させることによって、ようやく成功する。  相手が一人ならともかく、複数人となると途端に難易度が跳ね上がる。能力の錬磨を重ねてきた僕でさえ、同時には五人までの意識を欺くのが限界だった。  それでも、卑劣なハイエナをまくくらいの役には、充分立っていた。 ■
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