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二人が遠慮なく僕のカバンを開き、そこに「戦果」がないのを確認すると、裏路地へ連れ込まれた。
「終わったな、お前。せっかく人間になれるチャンスをやったのによ」
どこを何で打たれたのか、正確には分からない。けれど恐らくは拳だけでなく膝や肘も交えて、瞬く間に数十発の打撃が僕の体に叩き込まれた。
激痛に、体が丸まる。悲鳴すら上げられない。いや、そんなことをすれば、さらに攻撃が増すだろう。
耐えるだけだ。逃げ、隠れることに失敗した僕のような人間は、ただ耐えて少しでも傷を浅くするのだけが正解なのだ。
でも、万引きだけはしなくてよかった。泣きながら笑えてきた。
その時、
「誰か! 暴行です!」
女の人の声が響いた。
田内たちが舌打ちして、そそくさと逃げる。
僕はその場に膝を折り、不愉快な匂いのする暗い路地裏で突っ伏した。
腫れてきた瞼の間に、スカート姿の女性が近づいてくるのが見えた。制服のようだ。
「大丈夫? ではないね」
やたら落ち着いた声で、そう言われた。
「ありがとう……ございました」
かろうじて言う。
「いいえ。それより、君――」
痛む首を回して、上を見る。
ビルに切り取られた長方形の青空の下に、彼女の顔があった。長い黒髪。やや切れ長の目。すっと薄い唇が、小さく開いた。
「君、消えられるのね」
■
「一ノ瀬衣月といいます。よろしく」
「さ、鷺白聖人、です」
「高一か。私の方がいっこ上ね」
手当をされたのは、本屋からほど近くにある、彼女のアパートだった。近くの高校に通う二年生で、下校途中にさっきの場面にでくわしたのだという。
一ノ瀬さんの両親は共働きで、一ノ瀬さんは一人っ子なので、今アパートには僕と彼女しかいない。
どうにも居心地が悪いが、どのようなお礼をどんな形でしたらいいのかもさっぱり分からず、とりあえずリビングのソファで一ノ瀬さんと向かい合って座っている。
「もう一度聞くけど。君、消えられるのね」
「は、はい。僕はステルスって呼んでます。消えるっていうか、人から気付かれなくなるだけですけど」
「一つ教えて。君は、自分が意識を失っている状態でも消えていられる?」
「寝ていたり、気絶したりしてる時ってことですか? いえ、それは……無理ですね」
「そうか……」
一ノ瀬さんは表情はやや乏しい人だったが、この時の落胆ぶりは明確に伝わってきた。こちらが申し訳なくなるくらいに。
「あの、一ノ瀬さんは、なぜそんなことが」
「ああ。私も消えられるから」
「え?」
そういった次の瞬間、向かいのソファから一ノ瀬さんの姿が消えた。
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