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僕は慌てて後を追う。今の状態で、一人にするわけにはいかない。今日の放課後の時点で、彼女は既に限界を迎えていたのだから。
長年のいじめや身勝手な恋で自尊心を極限まで減衰させていたのなら、早まった真似をする可能性は高い。自分に価値を見出せない人間は、溢れる自傷の衝動に抗えないだろう。
一ノ瀬さんのアパートの前の道は、すぐに大通りにぶつかる。
「なっ……」
思わず息をのんだ。
僕がアパートに入った時とは、まるで道の様相が変わっていた。
仕事帰りなのか、あまりにも大勢の人が行き交っていたのだ。僕は、完全に一之瀬さんを見失った。もし彼女が既にステルスを発動していたら、見つけるのは絶望的だ。
「一ノ瀬さん!」
道行く人が奇異な目で僕を見るが、構っていられない。
「一ノ瀬さん! 一ノ瀬さん!」
返事のない呼びかけを繰り返す。彼女はどちらに向かっただろう。考えたくはないが――やはり、駅の可能性が高いのではないか。先達の二人のように。
その時だった。駅へ延びる道の方から、
「いてっ」「なんだ!?」「あいた、すみま……え? 誰もいない?」
という悲鳴が聞こえてきた。
――そうだ。
ステルスは、あくまで姿が見えなくなるだけだ。何かにぶつかれば、衝撃はある。
僕はごったがえす人ごみの中を、見えない何かにぶつかられた悲鳴が上がる方へ、懸命に走った。
こんなにもひしめく人間の群れの中を、ステルスのまま走り抜けていく一之瀬さんの、これまでの人生を思う。
能力のレベルが、僕などとはまるで違った。どんな思いをして、何に耐え、何を望んできたのだろう。考えただけで、喉の奥がひりつき、目が熱くなった。それどころではないのに。
気力を目に集中させ、前を見る。
ようやく、半透明の人型が僕の網膜に映った。
必死で手を伸ばして、傷だらけの左腕をつかまえた。
「一ノ瀬さん!」
「離し……て」
その声が漏れた瞬間、彼女のステルスが解けた。周囲の目が、一斉に僕ら二人に注がれる。
「やめて。放っておいて。君は、私のことなんかより――」
「一ノ瀬さんですよね、本屋であいつらから僕を助けてくれたのは!」
「あれは……あんなところ見たら、誰だって」
「違う! 本屋で、僕の手から本を落とさせたのは、あなたですよね! 腕に、不思議な感覚があった。おかしな様子で店の中に押し込まれた僕が、馬鹿な真似をするのを、あなたがステルスで止めてくれたんだ!!」
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