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雑踏は、立ち止まってわめく僕を迷惑そうに見ながら、それでも流れていく。
当たり前だ。他人なんだから。放っておけば、それでいい。誰もが誰もを、当たり前に通り過ぎていく。それが普通。
けど、そうではない人もここにいた。
何の関係もない僕が、本当の地獄に落ちるのを、自分こそ奈落の底にいるような思いをしていたはずなのに、助けてくれた。
「だって……」
一ノ瀬さんの腕から、力が抜けていく。
「だって君、本屋で能力を使ってたでしょ。この力がある人、……みんな不幸になるんだもの。だから」
「僕は、救われました。あなたのお陰で。今、一ノ瀬さんを一人にはしません」
「男子のそういうのは、今、ちょっとさ」
「いえ、僕は一ノ瀬さんのことを絶対に好きになりません。でも、傍にいます。それならいいですか?」
しばらく黙った後、
「……痛いよ」
一ノ瀬さんが左手を見下ろして言った。
「あ、す、すみません」
僕は慌てて手を放す。
「傍にはいなくていいから」
「え?」
「時々、話をしようか」
「……はい」
人ごみは、駅の方へ吸い込まれるように、なおもうごめき続ける。
僕たちは姿を消したりはせず、ただその流れの中を泳ぐように、ただ二人で、歩きたい方へ歩いて行った。
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