人の群れ、ただなかひとつの君の影

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 翌日の放課後、僕はいつものようにステルスを発動し、田内の手を逃れて下校した。後ろ向きな能力でも、使えるものは使えるのである。  校門を出て、駅へ向かう。  しかし、時々話をしようなどと言っていたものの、時々とはどれくらいの頻度のことなのだろう。  一応連絡先を交換はしたのだが。  昨日はあまり深く考えなかったけど、その気になれば、一ノ瀬さんは僕がいくらコンタクトを試みようと、一切無視することもできる。  今日も例の教師と顔を合わせているのだろうか。そうだとしたら、……大丈夫だろうか。  駅に着いたら電話してみようかと思いつつ、早歩きになったところで、襟首をつかまれた。 「お前そのケガ、俺たちの仕業だってチクってねえだろうな」  田内と浅田だ。  また、また油断した。胸中で舌打ちする。 「さ、ワンモアチャンスだ。今日こそは――」  田内がそこまで言った時。 「ぶ!?」と、いじめっこは妙な悲鳴を上げてのけぞった。 「なんだよ田内、ぐべ!?」  浅田もだ。腹を抑えて体をくの字にする。 「ぐえっ!」「いてえ!?」「何!? なんだよ!?」「がへっ!」「ぎえええ」……  まるで下手な操り人形のようにがくがくと悶えながら、とうとう二人とも道路に倒れ込んでしまった。歩道だったので、放っておいてもよさそうではある。  僕は顔を上げて、道の先を見た。  すると、女性とおぼしき腕の、肘から先だけが、空中ににょきっと表れて、手の甲を向けながら僕に手を振っていた。ちょっとしたホラーな()である。  その拳には、鈍色(にびいろ)の金属がはまっていた。  確かあれは……メリケンサックとかいうんじゃなかったっけ。  女性の腕が、ふっと消えた。  僕は改めて、気合を込めて前方を見る。  長い髪を風にとかせながら、制服姿の女性が後姿を見せて歩いていた。  電話はしなくてよさそうだ。  僕は小走りになって、あとを追いかける。  どこへ行こう。どこへでも行ける。  初夏の風をかき分けて、僕は足を速めた。 終
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