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二ヵ月前に、町は戦争に巻き込まれた。
元々大きい町ではなかったが、焼けた家屋と瓦礫だらけになったその町は、男が知ってるよりも小さく見えた。
それでも、道は覚えている。目を瞑っていても、たどり着ける。おぼつかない足でも、間違えることなく。
そこには形を留めていない男の家があった。
小刻みに頭を横に振り、瓦礫や焼けた木材を払いのけていく。
「きっと、きっと逃げたに違いない。そうさ、この下には誰も」
そう呟きながら、無心になって物をどけていく。
夜になっても休むことなく、そして男はみつけてしまう。
見覚えのなるアクセサリーをした、見るに堪えない、腕だったものを。
優しく、男は触れた。柔らかな温もりは感じられなかった。何かに押されたように後ろに倒れ、頭を強かに何かにぶつける。足の折れた机だ。衝撃で傾き、その上にあったものが滑り落ちる。
男はその中から、緩慢な動作で一つ拾い上げた。焼けてしまって、半分しか残っていない紙。捨てようとしたが、妻の字で、自分宛てに言葉が書かれていることがわかり、手をとめて目を落とした。
『あなたに届かないとわかっていても、返事を書いてしまう私は愚かなことでしょう。手紙が届くと安心し、あなたの活躍の噂を耳にすれば嬉しく思い、だけど帰ってきてほしい、会いたいと思ってしまう私の、せめてもの慰みです。もうすぐ五年が経ちます。五年経ったら他の方に嫁ぐなんて嘘。そんなことできるわけないのです。だって私は――』
男は涙をこぼした。
ああ、美しいものは、こんなに近くにあったのだ。
「どうして、気づかなかったのか。はは、はははは」
男は妻の手を取って、かつての大通りまで歩きだした。
「君といつも歩いた道。君の横顔、話し声。ああ、全てが、全てが美しい! 君がいるから世界は美しい! こんな大きな忘れ物をしていたんだ、旅で満たされるわけないじゃないか! ははは! はははは!」
大通りまで出て、荒れ果てた地面に足を取られて男は転ぶ。そのまま妻の腕を抱えて、男は涙を流し続けた。
誰も知ることはない。
涙を流すその顔が、嬉しそうに笑っていることを。
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