小袋

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小袋

  数週間後、木村は虎之助邸を訪ねたが留守だったので帰ろうとすると、木村の同僚の同心田中が声を掛けた。田中は木村の四つ先輩だった。 「ここで何してる?」 「いや、たまたま通りがかったので少し覗いただけです」 「長尾殿とは知り合いなのか?」 「ええ、少し知っている程度ですが」 「お前、最近何探ってる?」 「いや、特にこれと言って……」 「この間福多屋の蔵に賊が入った時だって、屋敷や蔵だけじゃなく船や船頭達も探ってたな」 「あれは一通り調べてただけで……」 「そもそもあれは俺のヤマだ。何でお前が出しゃばる、……ああ奉行所からの御達しだったな、だがお前は俺に何も報告しない」 「それはまだ探索中で……、でもそういえば田中さん以前から福多屋にはよく出入りしてるようですね」 「そりゃあの辺りは持ち場だからな、見廻るのは当たり前だろ、わざわざ聞くことか、賊と何の関係がある?」 「いや、賊とは何も……、でも福多屋の主人とは料亭でもよくご一緒だとか」 「お前は一体何が言いたい?」  その夜、虎之助が家に帰ると、玄関の板間に奥方のお菊と先程の同心田中がいた。 「長尾殿、奥で前田殿がお待ちである」 「どうしたことですか」 「いかれれば分かる。刀は預かろう」  前田宗春は町年寄だった。前田は腕をくみ、目を閉じて待っていた。 「前田殿、どうしました」 「長尾様、あなた様に役人殺害の容疑がかけられております。よってご自害願いたいのです」 「いきなり自害とはどういうことです。役人殺害とは、誰が殺害されたのですか」 「長崎奉行所同心木村様が殺されました。木村様はご存じでありましょう。庭先に横たわっております。そなたが黙ってこのまま自害なされば、この件は終わりです。もう誰も罰せられないよう取り計らいます」 「木村殿がここで死んだ? まさか」 虎之助は庭先へ行った。   十にも満たない娘、咲が帰ってきた。奥方は咲に言った。 「咲、おじい様の家に行っていなさい」  しかし、田中が止めた。 「待て、ここにいろ」 「娘は関係ありません。さっ、早く」  そして娘を追いかけようとする役人の袖を掴んだ。 「ええい、何をする」  田中は奥方を振り払い、そして刀を抜いた。咲は戸口で棒立ちになる。田中は咲に近寄ろうとする。 「戻れ」  咲は急いで奥方に駆け寄ったが、田中の鞘にぶつかり鞘が落ちた。 「おのれ無礼者」  役人は刀を振りおろした。奥方は咲を庇い、その刀で斬られた。  異界のウイリアム、長崎を見物中。やってきたジェイ・グレイに言う。 「ロビンに会ったそうだね。相変わらず威勢がよさそうだったようだね。折角だから僕の弓もみていくかい」  田中に見事命中し すり抜けた、田中一瞬たじろいだが、尚も刃を咲に向ける。するとジェイ・グレイが姿を現した。 「なっ、何だお前は?」  駆け付けた虎之助は、奥方に駆け寄った。 「お菊、お菊」  奥方はかすかに虎之助をみつめたが、それきりだった。虎之助は田中に言った。 「なぜだ?」 「下手人の取調べを邪魔したからこうなった」 「何を邪魔したと言うんだ。ふざけるな」 「お前も手向かうか?」  田中は虎之助に斬りかかったが、逆に刀を奪い田中を斬った。咲は気を失っていた。  奥方の傍に小袋があった。虎之助は景虎公の縁者に連なる者と伝えられていた。その小袋には景虎公ゆかりの品が収められていると云われており、奥方がいつも身に付けていた。  田中は武器の抜け荷に加担していた。木村の動きを察知し、その動向を追っていた。そしてこの日、虎之助邸で木村を斬ってしまった。田中は急ぎ町年寄の前田宗春に知らせた。前田が福多屋での抜け荷を主導していた。前田とともに戻った時、奥方も戻ってきた。前田は虎之助を容疑者に仕立てようとして待っていた。
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