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お国はどちら?と聞かれると。
あたしの出身は東京です、と答える。
それを聞いた相手の反応は、必ずこう。
都会だね。
新宿や渋谷などに行ってたんでしょう?
どこそこに行くには、どの電車に乗れば良いの?
そして。
その問いに上手く答えられないあたしを、必ず白い目で見るのだ。
そんなことを言われたって、あたしに東京で暮らしていた頃の記憶などない。
あたしの記憶はほぼ、一面に田んぼが広がっている場所や、四方を連山に囲まれている場所の思い出で占められている。
そんな場所ばかり、父一人、あたし一人の家族で点々と渡ってきたから。
だから、路線の名前を聞いても、地名を聞いても、ピンと来るものは何もない。
唯一。
唯一あたしが持っているのは、人混みに紛れた時の記憶だけだ。
──タスケ……テ……!
人混みの中。
小さいあたしが、巨人のような大人達に押し潰されそうになりながら。
──タスケ……テ……!
黒板を引っ掻くような、悲痛な叫び声を聞く記憶だ。
蛙の声を聞きながら畦道を行く、そんな生活ばかりしていたから、人混みに突っ込むような真似をした覚えはとんとない。
それなのに、人混みの記憶は。
泣きたくなるほど耳障りな、甲高い叫び声は。
脳裏に焼きついて。
耳にこびりついて。
毎夜、毎夜、蚊帳に囲まれて眠ろうとするあたしを苛む。
──タスケ…………テ……!
──タスケ………テ…………!
灯りを消すと、暗闇の中、人混みのざわめきが周囲を取り囲む。
そして、どこからともなく悲鳴が聞こえてきて、頭蓋骨を裏側から掻き壊すように響く。
──…………ナイデ……!
──タスケ………テ…………!
名前を呼ばれている訳でもないのに、あたしは、この声が『あたし』を呼んでいるのだと直感していた。
あたしを捕まえようとする声は、夢の中でもあたしを追い回す。
──タスケ…………テ……!
声は、
手を伸ばして、
あたしの襟元を掴んで、
この埃っぽい人混みの中に、
そのまま埋めてしまいそうなほど、
ヒィィ
ヒィィ
という悲鳴を伴いながら、
あたしを何度も何度も執拗に呼ぶ。
小さなあたしの、目頭が熱くなる。
大声で泣き出すこともできず、雑踏に立ち尽くす。
────イザナ、こっちだ!
そして。
夢の終わりは、いつも、繋いだ父の大きな手に力強く引かれ、人混みを抜け出すところで終わった。
「……げほっ、げぇ……っ」
目が覚めるのは決まって丑三つ時。
埃の匂いがする夢を見続けているかのように、息苦しくて、あたしは激しく咳き込み、何度もえずきかける。
「大丈夫か!?」
あたしが悪夢に目を覚まし、ゲホゲホ言い始めると、隣室で寝ていた父は、必ず起き出して様子を見に来てくれた。
心配性の、たった一人の父親。
彼が来てくれるだけで、あたしは瞬時に青い匂いのする田舎の家へと戻って来られた。
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