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傷心旅行 3
「おはようございます」
「……おはよう」
「どうしたんですか?松本さん元気ないですね、どこか具合悪いんですか」
「いや、大丈夫」
部署のデスクに座るなり、隣の席の女の子から話しかけられた。今は放って置いて欲しいのに空気を読まないのか……ぺらぺらと話かけてくるので、申し訳ないけどうんざりだ。
「あらっそういえば今朝は東谷さんはご一緒じゃないんですか?珍しいですね」
「別に……」
「あっそうか~やっぱり東谷さん忙しくなったのね」
「何が?」
「えー?ご存じじゃないんですか。親友同士なのに」
「だから、何?」
いかにも噂好きの女子っぽい、もったいぶった様子にイラっとしてしまう。
「だってほら……東谷さんって結婚されるんでしょ。一階の受付嬢と」
「っつ」
聞きたくない!そんなこと!
思わずそう叫びそうになった。それに翔本人からじゃなくて、こんな風に噂話から聞くのも嫌だった。
「あっ松本さんってば、待ってくださいよ~」
座っていられなくて思わず立ち上がってしまった。
翔の恋人が受付嬢だって?
昨日聞いたことが俄かに現実味を帯びてきて、嫌な汗が出る。
「あっ……」
廊下を曲がったところで、翔とすれ違った。翔も僕に気が付いたようで、歩くスピードがお互いに遅くなった。
きまり悪そうな表情を浮かべた翔が何か言いたそうに口を開いたが、僕は潔く無視した。いつもなら通りすがりに誰にも見られないように、こっそりと手を触れあったりした儀式のような淡い時は、もう二度と戻らない。
翔を無視して通りすぎた癖に、相手の女性のことが気になってエスカレーターで一階に降りてしまった。三階まで吹き抜けになっているので、受付が少しずつ見えてくる。
三人の制服の女性の中が座っている。
翔の恋人って……どの女なのか。
どうやって翔を誘惑した?
どうやって僕から翔を奪ったんだよ。
心の中でひどく汚い言葉を浮かべてしまって後悔した。
やっぱり僕はまだ翔が好きで、諦められない。だからこの現実を受け入れられなくて妬いている。昨日の今日では無理だよ。
エスカレーターは一階に着き、受付をじっと見つめると、受付嬢の一人が目で会釈をしてくれた。
その瞬間にピンと来た。
あの女性だ、きっと。
あぁ駄目だ。すごく華やかな美人でストレートの長い髪は艶やかで、綺麗にお化粧をして女性らしい柔らかな体つき。
何一つ僕には似ていない。
僕が持っていないものばかり持っている。
絶対に敵わない。
翔……これじゃ……僕、敵いっこないよ。
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