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その後の二人 『向日葵に誓って 1』
時は流れ……優也はソウルで松本観光直営ホテルを無事オープンさせ、毎日奮闘しています。そんなある日の甘い番外編です。
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「優也くんはいつも親切ね。私がこんなになっても何も変わらず対応してくれて」
「当たり前です。ハルさんは大切なお客様です。いやそうじゃなくて……僕にとって祖母のような方だから」
「ふふっ優也くんらしいわね。本当にあなたはいい子」
車椅子に乗ったハルさんは、皺の増えた頬を少女のように緩ませて微笑んだ。孫のような歳の差のせいか、いつも僕のことを、優しい眼で見つめてくれる。
残念ながら観光途中で土砂降りの雨になって、軒下で雨宿りをすることになったが、雨の音に守られながら、僕はハルさんとゆったりとした時間を過ごしていた。
まるで亡くなった祖母のように優しいハルさん。
彼女には、僕の悩みも迷いも何もかも話してしまいそうだ。
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ハルさんは、このホテルをオープンさせる前、僕が通訳で勤めていたホテルの常連客だった。韓流ドラマのファンらしく、3か月に1度はやってきて、僕が専属の通訳として同行し、あちこちのロケ地を案内させていただいたお客様だった。
僕が日本へ帰国した後もリクエストしていただき、それを覚えていたKaiが松本観光直営のプチホテルをソウルに開業する時に案内状を送ってくれたので、最初のお客様としてやって来てくれた。
そこからは以前のように、僕のホテルに頻繁に泊まりにきてくれるようになっていた。ところが今回の旅行では、空港へお迎えに伺うとハルさんは車椅子になっていた。
「恥ずかしいわ。もう歳なのよ。とうとう膝が駄目になってしまって。でもね、ここに訪れるのは私の生きがいなの」
予約の段階で、車椅子の件は聞いていたので、車や宿泊の部屋などは事前に対応できたが、いざこうやって目の当たりにすると、少しだけ寂しかった。
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「優也、何を考えている?」
ハルさんを部屋に案内して、身の回りの介助ヘルパーさんと入れ替わりに、僕はホテルの事務室に戻って来た。PCを前に溜息を吐くと、背後から声がかかった。
「あっKaiくん」
「『くん』は、もういらないよ」
「あっ僕また……まだ慣れなくて」
「まぁベッドの中では許さないけどさ、今は許すよ。で、何を悩んでいたの?」
「うん、実は明日、ハルさんが帰国される前に少し時間があるので、どこかへ連れて行ってあげたくて……でも車椅子だからあまり混雑した場所や階段が多い場所は厳しいから」
「なるほど。特殊なプランだな。ちょっとPC貸して」
僕の背後にKaiが立つだけでドキッとしてしまう。ベッドで身体を重ねる時のように、温かく包まれているような感覚に陥ってしまう。
「ハルさんの希望は?」
「うん、お孫さんにお土産を買いたいそうで。でも明洞はこの季節は観光客も多く歩きにくいだろう」
「確かにな。お孫さんって女の子?」
「うん」
「じゃあ仁寺洞はどうかな?あそこの石畳はよく整備されているし、入り口に段差がある店舗も多いけど、外に商品を並べている店も多いから、お土産を見やすいよ。ハルさん好みの品の良いものも多いし」
「なるほど」
「それからお茶をするなら伝統茶の美味しいお店があるよ。仁寺洞通りの餅カフェ『ジョジョ仁寺洞店』でティータイムなんてどうだ?疲れが取れる『ナツメ霊芝茶』がお好みかも。ハルさんも帰国前で飛行機に乗る前に体調を整えたいだろうし」
Kaiが次々と提案してくれるのが嬉しかった。
「うん、いいね。Kaiありがとう!」
「よかった。役に立って。なぁ優也」
「なに?」
「お礼のキスをして欲しいな」
甘く微笑む精悍な笑顔。そんな笑顔を向けられたら、僕の胸の中は仕事中だっていうのに、火照ってしまう。まぁこの事務所には僕とKaiしかいないのだから、問題ないのだが。
「うん」
僕は椅子から立ち上がり、Kaiの肩に手をのせて、少しだけ背伸びする。そして軽いキスを贈る。
「あーーー足りない。全然足りない」
お決まりのようにKaiが野獣のように僕の腰を抱いて、10倍激しいキスを落としてくる。でもKaiの口づけは最初は猛獣のようだけど、どんどん甘くなって……僕というものを存分に味わうか如く時間をかけて唇すべてを含まれたり、舌先で撫でられたりして、とても気持ちがいい。
「あっ……ふっ…ん、駄目だよ。まだ仕事中」
「あーーー可愛い。優也が可愛くて駄目だ、俺、もう離れたくない」
「なっ、恥ずかしいよ。そんな風に言われるのは。さぁもうKaiは帰らないと」
「うぅ~こんな中途半端でか」
「でも、もうKaiも行かないと、時間だろう」
「名残惜しいよ。明日まで会えないなんてさ」
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