1879人が本棚に入れています
本棚に追加
その後の二人 『向日葵に誓って 2』
名残惜しい時間は、もう閉じよう。
「優也、ひとりで大丈夫か」
「……僕が何年ひとり暮らしを経験したと?」
「そういうことは関係ないんだよ。今、大丈夫かって聞いている」
Kaiに心配そうに覗き込まれて、甘えたい気持ちが湧いてしまう。
だが断ち切る。
「今、大丈夫だ……」
まだまだ頑張らないと。
そう……自らを奮い立たせる。
実家に無理を言って、立ち上げさせてもらったソウルでのホテル経営。まずは潰れそうだった既存のホテルを買収し、部屋数の小さなプチホテルを運営してみた。客足は順調でも改修工事など設備投資した分への採算がとれないので、慢性的な人手不足だった。
だから僕は裏方から通訳、経理までなんでも一人でこなしていた。そしてKaiにもずいぶん手助けしてもらっている。Kaiにだってホテルコンシェルジュの仕事があるのに、休みにはいつも僕のホテルを手伝うために駆けつけてくれるのが申し訳ないよ。僕からは何も返せないのに。
「さぁKaiは本当にそろそろ帰らないと……遅刻しちゃうよ」
今日は夜勤だからもう帰してあげないと、そう思ってKaiの背中を押そうとすると優しく制された。
「なぁ優也、今日は大事な話がある」
「な……に?」
改まってなんだろう。
こういう間は過去を思い出して苦手だ。
心臓がバクバク騒ぎ出す。
冷や汗まで流れ落ちてくる。
翔とのことを思い出してしまうよ。
「あぁっもう、そんな顔をするな。悪い話じゃない!」
「そうなのか……」
「あのさ、俺の実家には優也も何度か来ただろう」
「うん、広くて歴史があって素晴らしかったね」
「ありがとう。実はさ、父親が近々地方に隠居することになって、俺があの家を引き継ぐことになった」
「え!あの広い家を? それは、すごいな」
驚いた。Kaiの実家は広大な敷地だった。遠い昔仕えていた武将から受け継いだもので、まるで韓流の歴史ドラマにでも出てきそうな立派な伝統家屋が点在していて感動したのを覚えている。
あそこがKaiのものに?
「それでね、これはもう父親からの了解ももらってる話だが、一部を改装してホテルにしようと思っている」
「あそこをホテルに! すごくいいね。伝統家屋に泊まれるなんて、お客様に喜ばれそうだ!」
「だろう。優也もそう思うだろう?」
「もちろんだ!」
僕の返事を聞いて、Kaiは嬉しそうに大きく笑った。
「じゃあ一緒にやろう」
「えっ?」
いとも簡単に言ってのけたが、それって……?
ぽかんと固まってると、Kaiが僕の頭を撫でてくる。
「聞いてる?」
「ん? あ……の」
「だから共同経営しないかってこと」
「……僕の会社と?」
「うん、そういうこと。俺、今の仕事やめるよ」
「なんだって? だってコンシェルジュは君の誇りじゃ……」
「優也落ち着けって。今のホテルはやめるが、コンシェルジュをやめるわけじゃないよ」
「でも……」
「こんなこと言ったら怒る? 優也と一緒にいたいんだ。一緒に成し遂げたい。優也が求めるきめ細やかなサービスで、お客様のニーズに応えおもてなしするホテルの夢、俺も一緒に追ってはダメか」
「え……」
どうしてKaiは……こんなにも簡単に乗り越えてくるのか。
僕が言い出したくても言えなかったことを。
僕だって、君と一緒に仕事をし、夢を実現出来たらどんなにいいかと。
それはただの夢だと思っていた。
でも君は……夢を夢で終わらせない努力をする人だ。
君は本当にすごい人だ。
最初のコメントを投稿しよう!