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その後の二人 『向日葵に誓って 4』
ハルさんから渡されたのは、抱えきれない程大輪の向日葵の花束だった。
前方の視界を遮るほどの艶やかさ。途中すれ違う何人もの人に不思議そうに見られた。
雨がまた強く降りだしたが、今の僕には傘なんてどうでもよくて、身体が濡れるのだって気持ちよく感じるほど、心も体も真っすぐにKaiの元へと向かっていた。
Kaiのマンションの扉の向こうで深呼吸した。
えっと……少し落ち着こう。
勢いで来てしまったが大丈夫かな。
僕はちゃんと想いを伝えられるだろうか。ハルさんからもらった勇気とチャンスを無駄にしたくない。
震える手でインターホンを押した。
「誰?」
「あ……僕……」
「優也? どうしたんだよ、待ってろ」
ガチャガチャと扉が開き、すぐにKaiが僕を嬉しそうに迎え入れてくれた。
僕も向日葵の花の隙間にKaiの暖かな瞳を見つけて、ほっとした。
「優也?」
「Kai……急にごめん」
「どうしたんだ? びしょ濡れじゃないか。とにかく中に」
「あっ……うん」
改めて自分の身体を見下ろして、びっくりした。こんなに雨降っていたのか。頭からつま先までびしょ濡れだ。スコールを浴びたみたいで、Kaiのマンションの玄関先に水たまりが出来る程だった。
「よくまぁここまで濡れたな。ほら、シャワールームに直行だ!」
「うわっ!」
いきなりKaiに横抱きにされて、変な声をあげてしまった。落ちないように条件反射的にKaiの首に腕をまわす形でしがみついてしまった。ふわっと鼻腔をくすぐるのはシャンプーの香りで、その香りに下半身が痺れてしまうよ。
「その花束はここに置いとけ、とにかく風呂入れよ。俺が今入ったばかりだから温まっているぞ」
「う、うん……」
「優也が風邪ひいたら大変だ」
Kaiの逞しい腕により、あっという間に浴室に連れてこられ、手に握りしめていた向日葵の花束をヒョイと取り上げられてしまった。
「あっ……それ」
向日葵の花束渡して言うことがあるのに。
そう思ったが、僕が風邪をひかないように心配してくれるKaiの気持ちに押されて、素直に湯船に浸かった。
なんだか空港から、すごい勢いでここまで来てしまったが……とてつもなく恥ずかしいことをしているような……でも素直な気持ちだ。
これが僕のすべてだ。
Kaiと一緒に暮らしたい。Kaiが先日話してくれた彼の実家をホテルとしてオープンさせて、そこで二人で働くこと、僕だって夢で終わらせたくない。その場合、僕は新しいホテルに住み込むことになる。でもそこはKaiの実家でもあるから……それならば、いっそのこと一緒に暮らさないか……そう告げるつもりだ。
この後Kaiに告白する台詞を湯船に浸かりながら、何度も唱えた。
ちゃんと言えるか……優也、お前だって男だろう! 頑張れ!
自分を叱咤激励するつもりで、頬をパチパチと叩いた。
「おい優也、いい加減にあがらないとのぼせるぞ。着替え、ここに置いておくよ」
「あっごめん! もうあがるよ」
浴室の半透明の扉の向こうに、背の高いKaiのシルエットが映っていた。
影だけでも分かる精悍な体躯。清潔な笑顔。
僕のKai……大好なKai。
あがったらすぐに伝えよう。ハルさんに背中を押してもらった言葉がリフレインしていく。
(待っているだけではダメ。いつ幸せが逃げちゃうか分からないわ。早く捕まえにいきなさい)
(幸せの尺度はひとそれぞれ。あなたが幸せだと感じる人を信じて……)
僕の幸せは、Kaiの傍にずっといることです。だから僕から願い出てみます。いつももらってばかりで、手をひいてもらってばかりだったから。
脱衣所にはKaiの白いシャツが綺麗に畳まれて置いてあって、思わず笑みが零れてしまった。
彼から以前もらったのは青いシャツだった。日本で寂しい時、僕はそれをずっとパジャマ代わりにしていたな。彼の香りが漂うシャツに恋しい気持ちを埋めて過ごした夜を思い出した。
そんな僕たちが今こうしていられるなんて……本当に幸せなことだ。
純白のシャツは神聖な儀式にふさわしい。
丁寧に躰の雫を拭いて、僕はそのシャツに袖を通した。
やっぱり君の香りがする。
その香りに勇気づけられる。
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