季節の番外編♡ハロウィン・ハネムーン 5

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季節の番外編♡ハロウィン・ハネムーン 5

 差し出された手を取っていいのか、かなり迷った。 「どうかしましたか。よかったら1曲お相手を」  そうか……僕が喋らなければ分からないのか。僕の顔は仮面にすっぽりと隠れ、長いマントで体型も隠しているのだから。  結局、吸い寄せられるように無言でその手を取ってしまった。  手と手が重なれば、この手に愛された喜びと、この手によって捨てられた悲しみが走馬灯のように巡り出していった。  翔とは、あの日……軽井沢でお互いにやっと『さよなら』を言い合えた。あれから何年が過ぎたのか。    でも僕は君の声を忘れていなかった。何故なら翔は僕が生まれて初めて心から愛した人だったから。だが……数年ぶりに手を重ねて思ったのは、僕にはもう懐かしいという感情以外は何も残っていない。  本当の意味で、翔はもう思い出になったのだと実感した。  曲が終わったので無言で会釈だけ交わし離れようとすると、グイっと引き留められてしまった。 「待てよ。次がラストダンスだ。優也……今度は君が俺をリードしてくれ」  聞き間違いではないよな。確かに今はっきりと『優也』と言った。最初から気が付いていたのか……しかも僕に男性役を求めて来るなんて。一体どうなっているのか。  さっきから求められるのはリードされる方、つまり女性役の方ばかりだったのに驚いた。しかも相手は……翔だ。かつて僕を褥で支配するように抱いた男性を僕がリードを?  次の音楽が流れ出した。曲のタイトルはラスト・ワルツだった。  自然とお互いに手を取り合い、静かに別れのダンスを踊った。僕が翔をリードしている……そんなことが起こるなんて……何だかとても不思議な気持ちだった。  「翔……」    とうとう僕はその名を口に出してしまった。 「優也、ありがとうな。お前の彼氏にも礼を言ってくれ」 「え……どういうこと?」 「これが本当の最後だよ。優也と対等な立場で別れたかった。男同士の恋愛の場合……俺は……その行為においての立場が優劣に繋がると思い込んで、思いあがっていた。すまなかった。今宵のお前の彼氏の広い心に感謝するよ。さぁもうこれで本当のお別れだ。俺とラストダンスをありがとう」  狐につままれたような気分だった。  茫然とホールに立ち尽くす僕の肩を、Kaiがギュッと力強く抱いてくれた。 「ずっと見ていたよ」 「これは……Kaiが仕組んだこと?」 「んーあいつがシツコクいろんなツテで俺を探し当てて、優也と正式な対等な別れをしたいって言うから……」 「そうだったのか……驚いた。一言も聞いてなかったし」 「ごめん。俺だって複雑だったさ。でも今日の二人のダンスを見て良かったと思った。優也のリード、カッコよかったよ。怒っているか……勝手なことして」  Kaiが心配そうに僕を覗く。仮面に隠されていても分かる。全部分かるよ。君の表情は…… 「いや……ありがとう。どこかで翔に支配されていた気分だったから、解放された気持ちだよ」 「じゃあ、俺と踊ってくれるか」 「もちろんだよ。Kai」 曲目は『Lasso the Moon』    再びKaiと手と手を重ねると、翔の時とは違ってしっくり来た。ターンする度にKaiの官能的な匂いふわっと届き、何だか変な気分になってしまうよ。    珍しく……今日は何か香水をつけているのかな。  早く抱いて欲しい……そんな気持ちが満ちてくるダンスだった。  どちらが男性役だとか……そういうことは僕達には関係ない。  二人が対等になり重なっていくような、新しい世界が広がっていくような……ダンスを繰り広げた。
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