お正月スペシャルSS 『深海という……日々』1

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お正月スペシャルSS 『深海という……日々』1

「優也、お疲れ」 「あぁ、Kaiか……忙しかったね。流石に今日は忙しかったね」 「確か今日って、日本では『大晦日』と言うのだよな」 「うん、そうだよ。あ……もう、新年だけどね」  韓国の西暦1月1日は『신정(シンジョン)』といい、単なる年の初めという位置づけだ。1日のみが祝日で、12月31日も1月2日も会社は休みにならない。  だが日本は違う。企業などが12月28日頃には仕事納めをし、年末年始の休暇で、ソウルを訪問する人が多い時期だ。俺たちの小さなホテルも日本からの旅行で満室で、1日中対応に追われていた。だから、ようやく日付も変わった真夜中……控え室で優也を二人きりになれた。  互いの疲れを癒やしあいたい……そんな甘えた気分で、優也に新年の挨拶をした。 「優也、새해 복 많이 받으세요 (セへ ボク マニ パドゥセヨ )(あけましておめでとう!)」 「Kai、あけましておめでとう」 「올해도 친하게 지내요 (オレド チナゲ チネヨ)(今年も仲良くしような)」 「うん、こちらこそ」  韓国語で甘く囁きながら優也を抱きしめようと近づくと、するりとかわされてしまった。ん? どうしたのだ。ここは思いっきり抱擁し合うところだろう? 何なら仮眠ベッドに直行もありだぞ。 「ごめん。僕……今日は疲れたから、もう眠るね」 「え? ちょっと待てよ」 「……おやすみ」  ようやく二人きりになれたのに、キスもせずに眠ってしまうのか。と無情な恋人を責めたくもなったが、俺の腕をすり抜けて出て行こうとする優也の歩き方がぎこちないのに、今更ながら気が付いた。 「優也?」 「ん?」 「その足、どうした?」 「あ……」  優也は気まずそうな顔をする。   「言って、ちゃんと」 「……」  言葉を優しく促してやる。こういう時の優也は……口を貝のように閉ざしてしまうのを知っているから。 「優也、ちゃんと話してくれ」  真摯な瞳で見据え、訴えるように告げると、優也は観念したように小さく息を吐いた。 「……実は、少し足を……痛めたみたいで」 「え! なんだって? 早く見せて」 「大丈夫だよ。この位……」 「馬鹿、ちゃんと手当しないと駄目だろう」 「君だって疲れているのに……ごめん」  優也……君は、昔からいつも人のことばかり考えて、慎ましく、奥ゆかしい。育ちが良く、おっとりしているのに、こちらが心配になってしまう程、自分に厳しく、我慢強い。  だけれど俺は……こんな時はもどかしくなるよ。  靴下を脱がせてやると、優也は苦痛に顔をしかめた。    足の小指のあたりが、ひどく腫れている。これはかなり痛々しい。こんな状態で応急処置もせず、こんな時間まで頑張るなんて我慢強いというか、頑固だな。 「どこでぶつけた?」 「お客様が重たいスーツケースを突然倒されて、除けきれなくて……ふっドン臭いだろう。僕は相変わらず……」  自虐的に言うから、すぐに手を伸ばして、引き上げてやる。もう深海に沈まないように。  もう優也がいるのは海の底では、ないだろう? 俺たち、ふたりで上へ上へ向かっている。 「違う! そんなことない。それは不可抗力だろう。骨折やひびが入っていないか確認するから、そこに座って」  優也を仮眠ベッドに腰掛けさせて、足を恭しく手に取った。素早く靴下を脱がせて、裸足にしてやる。 「きっ、汚いから、はっ、離して──」 「大丈夫だ」  俺にはコンシェルジュとして応急処置の心得があるので、素早く優也の小指の状態を確認してやった。幸い骨折やヒビの症状はないようだが、青あざになって、かなり腫れていた。打った時は、相当痛かっただろう。 「……優也、こういう時はすぐに冷やさないと駄目だ。今度からは、仕事中でも俺を呼んで」 「でも……」 「優也が痛みに独りで耐える姿を……見たくない。痛いのなら痛いとちゃんと言って欲しいんだ!」  なぜなら……優也が日本で心に深手の傷を負って、傷心のままソウルにやってきたことを知っているから。 たとえ外的な傷の痛みだとしても、やるせなくなる。  優也、痛みは、もうひとりで抱えなくていい。  俺と分かちあってくれ。  俺は君のパートナーだろう?
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