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さよならの行方 2
僕の恋人……翔
まだそう呼んでもいいか。
君と出会ったのは入社式の当日だった。
****
「わが国が国際化へと向かう中、ラン・インターナショナルは1960年、日本で初めての国際会議の通訳者グループとして発足以来、質の高い通訳・翻訳・国際会議サービスを通じて、皆様の国際コミュニケーション活動をサポートしてきました」
社長の単調な挨拶が長々と続いている中、少し退屈になって欠伸をかみ殺していると、隣に座っている人も同じ動作をしていた。ふとお互いに目が合うと、その人はニコっと微笑んで小声で話しかけて来た。
「やぁ!君とは気が合いそうだな、俺、東谷 翔、君は?」
唐突に名乗られて少々驚いた。
「松本優也です」
「へぇ優也っていうのか。同期になったのも何かの縁だ、よろしくな」
「あっ……うん、よろしく」
いきなり呼び捨てにされてドキッとした。男から見てもカッコいいと思う華やかな容姿に明るい笑顔の青年だった。それに比べて僕は地味で目立たないのに、何で声を掛けられたのか分からなかった。
その後の研修で、彼とはたまたま同じグループになった。
研修ルームに入ると、既に翔は何人もの友人を作ったようで輪の中心にいた。皆で楽しそうに笑い合っている。すぐに中心的人物になれるやつって何処にでもいるんだな。
中高……大学でもそういう奴は常に存在した。
そして僕はいつもそれを眩しそうに眺めるだけ。
そう思っていたのに……翔は僕を見つけると、スッとその輪から抜け出て僕の目の前に立ってくれた。何だかそれが無性に嬉しかった。
「あっ君は確か優也だったよな。また一緒だな」
「そうだね」
何故か翔は僕の顔を覗きこんでじっと黙り込んだ。
「なっ何か」
「君ってさ、何かいいな」
「えっ?」
いいって何がいいんだ?そんなことを言われて再びドキッとした。僕みたいな暗く地味な人間のどこがいいのか、不思議な奴だと思った。
あっという間に入社して数か月が経った。
翔は仕事も出来る男だった。通訳としての才能も豊かで、同期の中でもピカ一の才能を誇っている。テニスの腕がプロ並みという爽やかな男らしい容姿に、女の子がいつもキャーキャーと群がっている。男の友人も沢山出来たようで、本当にキラキラと眩しい存在だ。
知れば知るほど、翔に憧れに似た気持ちを僕は抱くようになった。
その一方、僕は同期の中で誰よりも遅れを取っていて恥ずかしい。井の中の蛙だった。それなりに語学は出来ると自負していたのに、この会社の中では僕くらいのレベルの人間はごまんといる。
「松本、お前はまだこんなミスをするのか。いい加減こんな簡単な議事録一つまともに出来ないでどうするんだ!今日は残業していけ」
「はい。申し訳ありません」
はぁ……今日はせっかく翔に誘われた同期の飲み会だったのに、これじゃ無理だな。本当に頭も要領も悪い自分が嫌になる。
暗い部屋で一人残っていると、寂しい気持ちが込み上げてくる。
いつも一人だ。
教室でも家でも……いつもぽつんと一人だったことを思い出してしまう。それなのに……明るく眩しいものにいつも惹かれてしまう。
これは僕のとても悪い癖だ。
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