さよならの行方 3

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さよならの行方 3

 時計の針は、夜九時を示していた。 「ふぅ……もう少しで終わるな」  書類を整えて最終チェックをするだけの所まで、何とか終わらせた。でも結局飲み会には間に合わなかった。もうそろそろ二次会に移動する頃だろうか。 いいな……きっと盛り上がっている頃だろう。いつも鈍臭い僕は、こうやって少しずつ皆の波から乗り遅れていく。楽しいことはいつも遠い。  そんな後ろ向きな気持ちでひたすらPCに向かっていると、突然誰かが部署に入って来た気配がして驚いた。振り向いて確認すると、東谷 翔だった。 「優也、なんだお前まだここにいたのかよ」 「東谷は飲み会のはずじゃ……」 「あぁそうだけど、何かお前が来なくてつまらなくてな」 「えっ僕なんて……いてもいなくても同じじゃないか」 「はぁお前って奴は、無自覚だな。俺はお前と話したかったんだよ」  そう言いながら東谷は僕の机の前の椅子にドスンっと座った。そして肘をつきながら目を細めて僕のことを見つめた。 「お前、やっぱいいな」 「いいって?意味わからない」 「落ち着くんだよ。お前のその雰囲気」 「えっ」  動揺してしまった。カッコよくて皆の憧れの的の東谷にそんな風にいってもらえるなんて、思いもよらなかった。 「なぁ俺のことはさ、翔って呼べよ」 「……」 「分かったか」 「あっうん、か……かける」  嬉しかった。ずっと僕には呼び捨てで呼び合えるような友達がいなかった。小さい頃から引っ込み思案で内気な性格。自分でもどうにかしたかった。思っていることもろくに言えず、皆みたいに明るくノリのいいことも言えないから……いつも気が付くとぽつんと輪から外れていた。 「そろそろ仕事終わりそうか?」 「もう少しで」 「どれ?手伝ってやる」 「いいよ」 「お前なぁ、少しは甘えろよ」  今までこんな風に手伝ってくれる友人がいただろうか。僕はどう対応していいのか分からなくて、小さな声でもごもごとお礼の言葉を呟くしかなかった。 「あっ、ありがとう」 「ふっ……なんかお前を見ていると俺の周りにいる奴と全然違って気になるんだよ。男なのに守ってやりたくなるっていうのか。なぁ……こんなの変か、気持ち悪いか」  すぐにブンブンと首を横に振っていた。人付き合いが苦手な僕は、人からこんな風に素直な好意をもらったことない。だから男なのに守ってやりたいなんて言われて、普通なら怒るところなのに嬉しくなってしまった。 「これやればいいんだな、これならあと三十分もあれば終わる。そうだ、終わったら二人で飲みに行こうぜ」 「うん……あの、かっ翔、その、ありがとう」  ぎこちない笑顔だったろう。それでも感謝の気持ちを伝えたくて必死に微笑んだ。 「おお!お前の笑顔初めて見た!すげぇ可愛いな」 「かっ可愛いって?」 「いいから早く議事録終わらせよう」 「あっ……あぁそうだね」 ****  翔と二人で居酒屋で随分と飲んだ。社交的な翔の話はとても面白くて、ずっとクスクス笑っていた。ずっと入りたかった輪の中に自分もやっと入れた様な気分で浮かれてしまった。 「優也って本当に可愛いな」 「えっ」  何で翔は男の俺に対して、そんなことを言うのか分からない。でもポカポカと嬉しくなった。飲み慣れない酒でほろ酔い気分だった俺は、首を傾げて翔のことを見上げると、その拍子に翔の顔がみるみる赤く染まったのが意外だった。翔でもこんな表情するんだ…… 「あーやっぱたまんないな」 「翔、何の話だ?」 「あっいや……なぁ優也はさぁ、俺のことどう思ってる?」 「翔のこと?クラスのヒーローに似てる。高校の時いたんだ。翔みたいな奴。いつも目立っていてカッコよかったよ」 「なんだよっ誰だよ、それっ」 「翔?」  なんだか翔がむっとしたような気がしたが、もう僕は酔いつぶれそうな勢いで気がまわらない。飲みなれないビールを3杯飲んだのがいけなかった。 「優也はすごく品があって綺麗だ。地味で目立たないから皆は気が付いていないだけで、俺にはすぐに分かったよ」 「翔?さっきからずっと何言ってんの?男に綺麗だなんて変だ」 「なぁ優也は俺のこと好きか」 「翔のこと?うん、すごく好きだよ。誘ってもらって嬉しかったし、こうやって二人で飲めて嬉しいし。だから好きだ……」 (大事な友達として)そう言おうと思ったのに、がくんと頭が垂れてしまった。もう限界だ……すごく眠い。 「本当か。じゃあ……いいか」  遠くに何かの了承を求める翔の声が聞こえて来たが、ちゃんと返事をしたかは分からない。
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