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さよならの行方 5
「かっ……翔なのか」
「ごめんな、優也にこんなことして。でもどうしても止まらなくて、ごめん痛いよな」
「うっ……そんな」
暗闇で誰だか分からなかった時は恐怖でしかなかった行為も、翔だと分かった途端に心臓が別の意味でドキドキした。翔が僕のことをいつも可愛いと言っていたのは、つまりこういうことだったのか。やっと納得できた。
でも無理矢理抱かれ女みたいな扱いをされているのに、翔だと分かった途端ほっとした。しかも……なんだか嬉しく感じてしまうなんて。こんなの本当に変だ。男の翔を受け入れられるなんて……もしかしたら僕はもともと女の人を愛せない躰だったのかもしれないと思った。
そもそも同性の友人すら作れない人付き合いが下手な僕には、恋愛なんてハードルが高すぎて意識していなかった。だから呆れてしまうが……こんな歳になるまで、恋愛経験は皆無で、全く性的体験もなかった。
「痛いっ……」
ほっとしたのもつかの間で、翔のものが更にぐぐっと奥に入り込んでくると、再び刺すような痛みに身が竦んてしまった。
初めての行為は痛いだけで堪らない。
また涙が頬を伝ってしまう。
「いっ痛い……翔っ」
苦し気に告げると、翔は慌てて一度僕の躰に入りかけていたそれを抜いて、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「優也ごめんよ。お前があんまり可愛くて我慢できなかった。さっき居酒屋で好きって言ってもらえて嬉しくて、酔ったお前を介抱するつもりで家に連れて来たら、どうにも止まらなくなってしまった、眠っているお前を襲うなんて最低だよな」
「でも翔……僕は男だよ?何故こんなこと?」
「優也に一目惚れって奴。俺さ、実は男でも女でもいけるんだ。こんなの気持ち悪いか」
「いや翔なら大丈夫だ。でも……怖い」
確かに最初は誰だか分からなくて怖かったが、翔だと分かった途端、気持ち悪いという感情は消えていた。それは本当だ。
翔にこんな風に抱きしめられるのは、温かくてほっと出来る。
「本当か。嬉しいよ!優也、あのさ、順番が逆になってしまったが俺と付き合ってくれないか」
「えっ、付き合うって?」
「なんかお前、すごくほっとする。癒されるんだよ。他の奴とは全然違ってさ。俺の周りにいる奴と優也は全然違うから、ずっと気になっていたんだ」
男の僕でさえ見惚れちゃうイケメンな翔に、こんな風に求められて嫌という奴がいるだろうか。爽やかで、いつも輪の中心にいる華やかな翔にそんなこと言われて……
「本当に僕でいいの?」
「優也が可愛いくて堪らないよ。好きだよ」
耳元で甘く囁かれてしまうと腰が砕けそうになった。
「なぁこのまま続きしちゃ駄目か。もう一度挿れたいよ。我慢出来ない、このままじゃ」
「でも僕、その……こういう経験が」
「優也、もしかして童貞なのか?男は俺が初めて?」
「当たり前だよ!女性との経験すらないのに」
恥ずかしいことを言わされた。でも経験がないのはどうせすぐにバレてしまう事だから、ちゃんと言っておいた方がいいと判断した。
「優也の初めてをもらえて嬉しいよ。さっきは本当に痛かったろう。今度は絶対に優しくするから」
「翔……でも……無理だ」
「頼むっ!もう俺も辛いんだ。止まらない。大事にするから!」
翔が僕の目元に溜まった涙を舌でペロッと拭って、それから唇にキスして来た。男同士のキスなんてと思ったが、なんだか妙に柔らかく甘い味がした。
そうか……僕は翔が好きなんだ。
翔も僕なんかのこと好きになってくれた。
それならば、このまま続きをしてもいいと思った。
翔に抱かれる。
翔に抱かれたい。
お互いに好きだから、これは自然なことなんだ。頭の中で何度も何度も呪文のように反芻した。
「あぁっ!」
「うっ……ううっ」
今度は慎重にゆっくりと翔のものが躰の中に入って来た。それでもその衝撃と痛みに、初心者の僕が慣れるはずなくて、やっぱり涙がとめどなく流れて、もう視界がぼやけてしまう程だ。
「優也、もっと力を抜いて。痛くしたくない。お前のこと泣かせたくないから」
受け入れることに全く慣れていない場所への圧迫感は相当なものだったが、それでも翔の手が僕のものに優しく触れ扱き出すと、ぐっと気持ちが楽になり、いつの間にか力を抜くことが出来ていた。
「そうだ、その調子だ。上手だぞ。優也の中、凄いよ。熱くて蕩けそうだ」
カッとなる。躰の内部のことをそんな風に言われて。
熱いのは翔のものだ。
僕の躰の中でドクドクと脈打つものを確実に感じていた。
「あっ……んっ……」
****
躰の関係から強引に突然始まった翔と僕の男同士の交際。
僕は本当に翔のことが大好きだったから、それでもいいと思った。僕が翔に抱く『好き』と同じ位、翔も僕のことを『好き』になってくれたのだろうか。
でもそんなことは、もうどうでも良かった。だってあの翔が、こんな地味な僕なんかに夢中になってくれるなんて、夢みたいだったから。
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