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さよならの行方 7
みっともない涙が浮かんでいないことを鏡で確かめてから、バスローブを纏って風呂場から出た。
そのまま寝室に進んで、昨夜、翔に脱がされ床に散らばったままの乱れた衣服を手に取ろうとした途端、僕の手首を翔がグイっと力強く掴んだ。
「痛っ……離せよ。もう帰るから」
翔の手を容赦なく振り払い、僕は黙々と服を着た。
「優也っ待てよ。最後まで話を聞いてくれないか」
「……翔にはもう何を言っても無駄だろう。お前は決めたことを必ず実行させ、実現させる男だから」
「なぁ……俺は優也が嫌いになったわけじゃないんだ」
今更何を言うのか……どの口が言うのか。
「そういうことはもう……問題じゃない」
「俺だってずっと考えていたんだ。優也とこの先どうやっていくかを。でも俺は男として生まれたからには子供を持って父親になってみたいんだ。なぁ分かってくれよ」
「……翔はずるいよ」
「ずるいのは承知している。でも優也ではその夢が叶わない。だからしょうがないんだ」
なんて無情なことを言うのか。翔の気持ちを一方的に押し付けるなんて……酷い。
「しょうがない?そうだね、僕じゃその夢を叶えてあげることは出来ないものな。そんなこと翔も重々承知だと思っていたよ。でも翔、今日その話を切り出すのなら、僕を抱く前に話して欲しかった」
「ごめんよ。でも我慢できなかった。俺は今でももちろん……お前の躰を前にすると欲情してしまうから。どうしても優也に触れたかった」
「はっ?何言ってんだ?翔はもう女と付き合っているのだろう。もう寝ているのだろう。なら僕をその手で二度と抱くなよ!触れるなよ!」
ぐっと涙が零れる寸前で、腹に力を入れて堪えた。
泣き顔なんて女々しく見せたくない。
「もう帰る」
「優也……本当にごめん」
「さよなら……翔」
僕は翔の家から、勢いよく飛び出した。
「うっ……」
なんて寒い冬の朝なんだ。
別れの朝にお似合いだ。
鼻先がツンとしてくるのは泣きたいせいなんかじゃない。
ただ生理的に寒いだけだ。
翔にもらったカシミアの白いマフラーで顔の半分を隠す様にした。背中に翔の視線を感じたが、絶対に振り向くものか。
でも、さっき口にした「さよなら」の言葉は、一体僕の心のどこに置けばいい?
さよならの行方はどこなのか。
行先が分からず、今だ僕の心の中をグルグルと彷徨っている。
僕はまだ翔が好きなのに……昨日だって、いつもと一寸も変わらぬ愛情をたっぷり注いでもらったと思っていたのに。
ひどいよ。ひどい奴だ……翔。
「僕は翔が好き」
その気持ちをいきなり身ぐるみはがされた。剥き出しになった心は、寒くて凍えるようで、軋む程痛くて堪らない。
『さよならの行方』了
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