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傷心旅行 1
自分の家に着く頃には、もう心がぼろぼろにすり減っていた。
部屋に入るなりコートを着たまま布団に傾れ込んだ。俯せになった躰が小刻みに揺れると同時に、水滴がぽとりとシーツに落ちた。白いシーツに降るのは、僕の涙だ。
「うっうう……」
そのままシーツをぐしゃっと鷲掴みにして、躰を丸めて泣いた。一度気を緩めてしまえば、堪えて来たものが躰中から悲鳴のように一気に溢れ出して来た。
この部屋はとても寒い。
こんなに寒いものだったのか。
もうずっとこの部屋で過ごすよりも、翔の部屋で過ごすことの方が長かった。
翔のあの部屋は、僕にとって大事な空間だった。
初めて抱かれた場所でもあり、僕たちの恋のスタートの場所。
抱かれて1か月後には合鍵を渡してもらえて嬉しかった。翔は僕にとって初めての恋人だったから、何もかも新鮮な日々だった。3年もの間、会社では毎日顔を合わせ、週末には躰を抱かれた。
そう……こんな寒い冬の朝には、お互いの躰を隙間がないほどぴったりと絡めて、いつまでも暖めあったんだ。シーツがぐしゃぐしゃになるほど激しく求められ、部屋が明るくなるまで、長い時間をかけて躰を繋げ迎えた朝が幾度もあるのに。
もう二度とあの部屋には行けないなんて……そう思うと、この先どうしたらいいのか分からない。
今日は仕事が休みで良かった。こんな状態では仕事どころじゃない。
結局辺りが暗くなるまで、そのまま布団の中にいた。だがどんなに泣き続けても、心の痛みは何一つ解決しないままだ。
涙も枯れ果てた僕の心には、ぽっかりと大きな空洞が出来てしまったようだ。
翔は……もういない。
一度知ってしまった温かく優しい一番身近な存在は、もう僕のものではなくなった。
その事実だけは、泣き疲れた頭でも、はっきりと理解できた。
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