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その後の二人 『僕の覚悟、君の想い』1
「優也さん、もしかして緊張している?」
家へ戻る車中で助手席に座るKaiくんにそう問われ、言葉に詰まった。
「そうだね、緊張しているというか……頑張りたいと思っている」
「頑張る?」
「うん……僕に欠けていたことだよ」
「そうか」
そうだ。今まで僕は本当の意味で頑張って来なかった。楽な方に流されることを好んで生きて来たと言っても過言ではない。たとえそれが悲しみでも、悲しみを乗り越えるのではなく、悲しみ色に染まった方が楽だとさえ思っていた。
だから、ソウルへ逃げ込んだ。
ソウルで過ごしたあの日々を思い出す。
移り住んだソウルで、僕は何も頑張っていなかった。
悲しみの底に浸っているうちに、そこが居心地良いとすら思えるようになっていた。更に他人になんて関心がない素振りを見せながらも、陰では人を妬み人を羨み過ごしてきた。
そんな卑屈だった僕が変わるきっかけは、Kaiくんとの出会いだった。
深海の底に沈みこんでいた僕へと、真っすぐに手を伸ばし、楽に息が吸えるところまで引き上げてくれたKaiくん。
Kaiくんと付き合う覚悟を決め、Kaiくんと躰を重ねた。
その結果……僕は生まれ変わったといっても過言ではないよ。それからKaiくんとは、七カ月月近くの遠距離恋愛を、僕にしては上手くやってきたとは思っている。
だが、そろそろもう一段階先へと進む時だ。
実はこの三カ月ほどずっと準備していたことがある。それを実行しようとしていた矢先に、まさか今日Kaiくんが来てくれると思ってもいなかった。
このチャンスを逃すわけにはいかない。僕は僕の人生を自分の手で切り開くことを選ぶよ。今までの僕にはその勇気がなかった。
全部Kaiくんのおかげだよ。こんなにも僕が僕のためにやりたいことを見つけられたなんて。そのために多少の犠牲もあるだろうが、なるべく最小限で済ましたいと願っている。
「なんだか深刻そうだね、優也さん。そんな固い表情して」
車を自宅前に停めても、なかなか降りることが出来なかった。どうやらハンドルを握ったまま暫く固まっていたようだ。
Kaiくんはそんな僕を優しい眼差しで見守ってくれ、それからそっと僕の手に温かい手をぴたりと重ねてくれた。
温もりが溶け込んでくる瞬間に、Kaiくん君と出逢えて良かったという素直な気持ちが芽を出す。僕はこんな風にKaiくんが与えてくれるものを、ただ受け入れるだけでなく、共に育てていきたいと思うようになっていた。
「Kaiくん……」
「優也さん」
Kaiくんがそっと僕の頬を両手で挟み、微笑んだ。
「수리수리마수리」
上手く聞き取れない。不思議な言葉の羅列だ。
「なに、それ?」
「『スリスリマスリ』……そうだなぁ……日本で言うとちちんぷいぷいみたいなやつ?」
「ぷっ」
小さな子供みたいに扱われて、思わず頬が緩んでしまった。そんな僕の表情を、Kaiくんは一部始終観察するように見ていた。
「あっ笑ったね。優也さんは笑った方がいいよ」
「参ったな、いい歳しておまじないなんて……でも……」
「欲しい?」
「うん、かけて」
まるで小さな子供のように、今度は僕の方から強請った。そう告げて目を閉じてみた。
次にはやってきたのは、温かい唇だ。
それから耳元で温かい言葉がささやかれる。
「그렇게 걱정 마세요. 혼자가 아니잖아요.(クロッケ コクチョン マセヨ.ホンジャガ アニジャナヨ」
Kaiくんの国の言葉だ。
「そんなに心配しないで。一人じゃないんだから」
次は僕の国の言葉だった。
ありがとう。次は僕が頑張る番だ!
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