その後の二人 『僕の覚悟、君の想い』2

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その後の二人 『僕の覚悟、君の想い』2

 それでもいざ家の玄関の前に立つと、体が強張り動けなくなった。  今から僕がする行動は、お母さんの心臓に負担を掛けないだろうか。いくら姉さんが事前に話してくれているとはいえ、心配だ。 「優也さん、俺も緊張するよ」  隣に立っているKaiくんを見上げると、確かに顔が強張っていた。  そうだ僕だけじゃない。Kaiくんだって同じ気持ちだ。いや僕よりもっと緊張しているかも。無理もない。五歳も年下の彼にいつも甘えてばかりだったから、今日は僕が頑張る番だ。  インターホンを押すと、すぐに母が出た。 「優也ね、お帰りなさい」 「ただいま。あの……お客様を連れて来たんだ」 「ええ、ええ、分かっているわ。今行くわ」  母の声はどこか上擦ったように興奮していた。  やがて扉が開かれる。 **** 「まぁ~大きい方なのね。やっぱり」 「Shin Kaiです。はじめまして、お母さま」  母の第一声は明るく少女のようだった。妙に母がキラキラとした目でKaiくんのことを見上げているのが不思議だった。もっと冷たい目で見られると思っていたので、想像と真逆だった。 「どうぞ。中へ入って」  居間に通され、紅茶を飲んだ。カタカタカタと小さくカップとソーサーが揺れる音がするので、隣を見るとKaiくんの手元が震えていた。 「Kaiくん、大丈夫だよ。どうやら母は君に好感を持っているようだ」  そっと母がキッチンにいるのを見計らって、Kaiくんの手に僕の手を重ねた。その仕草にKaiくんは照れ臭そうに笑った。 「ふっ優也さん、今日は※형(ヒョン)みたいだな」 ※형(ヒョン)は、弟が実の兄やを親しい先輩呼ぶときに使う呼び名。 「僕は君より五歳も年上だから、それであってる」 「ぷぷっ!そんな風に威張るところが可愛いな。あーありがとう。緊張がほぐれて来た」 「んっ大丈夫そうだ。母は怒っていないよ。むしろ歓迎している。僕には分かる」 「お紅茶のお代わりはいかが。あとこのアップルパイも食べてみて。長野の林檎を使ったお菓子なのよ、私が焼いたのよ」 「ありがとうございます。うわっパイ生地がパリパリで中がしっとり、林檎の香りもいいですね!これは美味しい」  紳士的に対応するKaiくんは、ホテルのコンシェルジュサービスで培った最大限のスマイルで母に接してくれている。母が少女のように頬を染めるほどで、僕の方が妬いてしまいそうになるよ。 「あの……あなたのことをKaiくんと呼んでも?あなた俳優のイ・スウンさんに似ているって言われません?あぁぁごめんなさいね。今観ている韓流ドラマの主人公なの」 「あぁイ・スウンはカッコいいですよね。あのドラマですか。えっと…」 「やっぱり言われるのね!ドラマは『青空の階段』よ」 「そうそう!それです!あの話は最初は切ないですが、その後の展開がいいんですよね」  ここからは僕が会話に入れない程、二人で盛り上がっていった。韓流ドラマなんて僕は観たことがなかったので、会話についていけない。それにしてもKaiくんがこんなテレビドラマに詳しいなんて知らなかったな。でもそのお陰で母と意気投合している。  紅茶のお代わりをキッチンで用意していると、父がやってきた。 「優也帰ったのか。これはまたずいぶん賑やかだな」 「父さんただいま。あの今日は……お母さんのことありがとうございます」 「うん、姉さんが随分と根回ししてくれたから、いい雰囲気だね」 「はい。なんだか韓国のドラマの話で盛り上がっているみたいです。僕は会話に入れなくて」 「あぁ、お母さんが入院中暇だと言うのでな。私が沢山韓流ドラマのDVDを差し入れたから、すっかりはまってしまったようだよ」 「あぁなるほど!でもよかった。あんなに打ち解けてくれて」 「うん、ドラマのせいだけじゃないよ。Kaiくんは本当に温厚で人柄がよい。それに儒教の国だからか、本当に目上の人たちに敬意を持って接してくれるから気持ちがいいね。私もKaiくんが好きだよ。姉さんもそう言っていた」 「ありがとうございます。本当に嬉しいです」  やっぱりKaiくんはすごい。あんなに頑なだった母の心も一瞬でほぐしてしまうなんて。 「僕の自慢の恋人なんです」  心の中でつぶやいたつもりが、つい口に出してしまったようだ。父さんは少しだけ苦笑しながら、僕の頭をポンポンっと叩いてくれた。 「息子のそういう幸せな顔を見られて嬉しいよ。まだ難しい世の中だとは思うが、優也が幸せに笑ってくれるのが一番だという結論に、家族の誰もがなったのだ」 「ありがとうございます。僕も嬉しいです。家族に受け入れてもらえて……それが一番嬉しいです」 「優也はいつだって優しい子だったよ。優しすぎて自分の意見を持てず流されてしまってばかりで、いつも心配だった。でももう大丈夫そうだね。優也は自分の足でしっかり立っているし、あのKaiくんとならどこへ流れていこうと安心だ。生涯の伴侶とはそういうものだろう。私とお母さんのように幸せになりなさい」  身に沁みる言葉だった。  母が心臓病に倒れてからの父の献身的な介護。そして大きな心で、僕のことを受け入れてくれたこと。  僕は、自分ひとりで大きくなったわけでない。だから忘れてはいけない。  この人たちがどんな気持ちで男性同士の恋に堕ちた僕を受け入れてくれたのかを。 葛藤や不安もあったと思うのに、今こうやって笑い合えることの尊さを。  僕は忘れない。  今日という日を絶対に忘れない。
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