その後の二人 『僕の覚悟、君の想い』3

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その後の二人 『僕の覚悟、君の想い』3

   歓談は続いているのに、肝心なことには触れていない。  母もKaiくんと韓流ドラマの話で盛り上がってはいるが、核心には触れてはいなかった。やはり母から言い出すには抵抗があるのだろう。でも救いはKaiくんのことを受け入れてもらっていることだ。気に入らなかったら、あんな自然な笑顔を見せるはずがない。  台所でそのまま固まっていると、いつの間にか姉がやってきた。 「姉さん、家に帰ったんじゃ?」 「んっやっぱり来ちゃった」  そして僕の肩をそっと押してくれた。 「優也、そろそろいいんじゃない?話しても」 「そうだね」  僕は意を決してリビングに戻った。 「あの……お父さんとお母さんに改まって話があります」  改まった声に突然会話がぴたりと止まり、流石に緊張が走る。  Kaiくんのことをじっと見つめると、コクンと頷いてくれた。 「당신은 혼자가 아니에요.(タンシヌン ホンジャガ アニエヨ)」 「優也さんは一人じゃないよ」  あぁ……また君はそうやって僕を励ましてくれる。  独りに慣れた僕にとって、その言葉がどんなに力になるか。  頑張るから見守っていてくれ。 「お父さんお母さん……姉さん、改めてきちんと告白します。結局日本に戻って来てから家族の優しさに甘えてしまって、ちゃんと僕の口から話せていなかったことを……僕の過去を……」  そこまで言って、言葉に詰まる。  翔とのこと、ちゃんと正確には話せていなかった。  それがどういう経緯で始まった恋だったのか。  酒に酔った勢いで凌辱のような関係から始まった初めての行為。男性同士の躰を繋げる覚悟も何もない淡い恋だったのを、一気に奪われるように持って行かれたことを……そしてそれを甘受したのは僕だった。  年老いた両親に告げるのは酷な事実だ。  そして翔の心変わりで、捨てられて傷心したこと。自暴自棄になって家出人のようにソウルへ逃げて、家族と連絡を絶ったこと。話せば話すほど……両親を苦しめるような気がして、言葉が続かない。  暫くの沈黙に、膝の上で握り締めた拳が震える。  言わないと。前に、自分の力で進むために。  なのに言葉が出て来てくれない!  すると突然母が僕の震える手を握り締めてくれた。  あぁ皺が増えた手だ。僕は遅くに出来た子供だったので、母ももう七十歳を過ぎていた。人は重ねた齢の分だけ、人生の荒波を経験しているものだ。  僕の様子から察するものがあったのだろう。  母親らしい助け舟を出してくれた。  こんな時ですら、僕はこんなにも愛されている。 「優也……辛かったのね。全部言わなくていいのよ。それより今幸せな話を聞かせて頂戴」 「お母さん、すいません。僕は……どこまでも弱くて……」 「違うわ。優しいのよ。優也は優しい子だから」  前を向いて、未来の話をシンプルにしよう。  年老いていく両親を安心させられるような話をしたい。 「Kaiくんは僕の恋人です。僕の恋愛の対象は男性です」  両親は静かに頷いてくれた。ここまで来るのに、僕に言えない葛藤があっただろうに。 「こんな僕のこと……受け入れてくれてありがとうございます」 「うむ」 「僕は、彼の国に行きたいのです」  流石に父が怪訝そうな表情を浮かべた。 「そうか……だが行ってどうする?何をするつもりだ?うちの会社はどうするつもりだ?」 「実はトライしたいことがあります」  僕は用意していた企画書を両親と姉とKaiくんに渡した。 「これは?」 「松本観光の韓国支社設立の企画書です」 「韓国に?」 「はい。軽井沢にも韓国からの観光客が増え、逆に日本から韓国への旅行客も多いです。そこで我が社が韓国に進出して、その両方の窓口を担いたいのです」 「ほぉ」  父親が眼鏡をかけて企画書に真剣に目を通し始めた。  これはKaiくんにも誰にも言ってなかった僕が一人で練ったプランだ。背伸びしすぎない範囲で、僕なりに韓国に行く理由が欲しかった。恋人といたいからではなく、純粋にソウルを愛する気持ちから思いついた企画だ。  僕が韓国で過ごした数年間で、僕が欲しかったサービスを詰め込んだ。 「なるほど。具体的には小さなホテルを?」 「はい。これからは日系のホテルの需要が韓国ではブームになると思います。韓流ドラマのブームで韓国ファンになった女性も高齢化しています。なので日本語でのサービスに特化したホテルへのニーズが高まっています。安い古いホテルでは不安を覚え、かといって一流ホテルは値段が折り合わず気後れしてしまうような方たちのために、こじんまりとしたプチホテルをやってみたいのです」 「ふむ……」 「お客様一人一人にコンシェルジュサービスがついているような優しいホテルを作りたいのです。宿泊中、お客様が始終日本語で過ごせ、安らげる空間を提供したいのです。どうか挑戦させてくれませんか。お願いします」  そこまで一気に話して、頭を下げた。  みんなの反応が気になる。  これは僕がこの数か月秘かに考えていたことで、資金面でも無理のない範囲での計画だ。  あんなに寂しく過ごした韓国だったのに、今は大好きな国になっていた。  二つの国の懸け橋になりたい。  僕とKaiくんの恋が、きっと役に立つ!  そう願いを込めて!
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