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第四話 リュック
「本校では、熱中症や健康上の安全を考慮し、炎天下の球場へは応援に行きません。校内のクーラーのある特別教室に分かれて、生徒や保護者の皆さんと共に、パブリックビューイングという形で応援させて頂きます。野球部のみんなは、先程のみんなからの応援をしっかり目に焼きつけてくれたと思うので、あとは、しっかり、自分たちのプレーに集中して下さいね!」
「はいッ!」
校長先生の励ましに、野球部全員で、元気よく返事した。
「ただし、みんなの応援を、勝手にプレッシャーに変えてしまったり、みんなの期待を、勝手に背負ったりしないで頂きたいと、念を押しておきます。どういうことかと言いますと……、じゃあ、生桐くん、ちょっとこっちへ来てくれるかな~?」
と、生桐先輩が校長先生から呼ばれ、「いいとも~!」と、マイクのところへと向かった。
校長先生から、「ちょっと、コレを背負ってくれるかな?」と、透明のビニール製リュックを渡され、生桐先輩が背負った。
「生桐くんは、みんなも知ってのとおり、陸上短距離100mで、9秒台を叩き出した逸材です。もちろん、生桐くんが9秒台を叩き出したときには、こんなリュックを背負ってはおらず、軽量化に軽量化を重ねたスタイルでした」
校長先生はそう言うと、足元の段ボール箱から、牛乳パックのような箱を何個も取り出した。
「今、取り出した箱は、空っぽの牛乳パックに、約1kgのダンベルを入れて、ガムテープで封をしてあります。その一つ一つには、太いマジックで何かが書かれてあります。とりあえず、順不同で、リュックに詰めていきますね」
校長先生がそう言うと、生桐先輩はリュックを背負った背中を、みんなに向けた。校長先生が、まず一つ目の箱を手に取り、「家族・親戚の期待!」と、箱に書かれた文字を、大きな声で読み上げ、リュックに詰めた。その後、次々と箱を手に取り、一つ一つ読み上げ、リュックに詰めていった。
「そして、オリンピック等の世界大会の各国代表選手ともなると、『国民の期待』や、日本っだったら『日の丸を背負って』なんて言って、メディアから、いっぱい背負わされてしまうのです」
生桐先輩が背負っている透明のリュックには、
【日の丸】
【メディアからのプレッシャー】
【国民の期待】
【地元の期待】
【友達からの期待】
【家族・親戚の期待】
といった文字がギッシリ! このリュックと箱の重さだけでも、約7kgはある。
「生桐くん、このリュックを背負ったまま、100m、9秒台で走れますか?」
「無理ですッ!」
「ですよね~! じゃあ、リュックを下ろしてくれますか?」
「はいッ!」
「どうですぅ~? 軽くなりましたか?」
「はいッ!」
「100m、9秒台で走れそうですか?」
「はいッ!」
「今日は、このリュックを下ろすイメージを、皆さんにお伝えしたかったのです!」
「Oh~ッ!」
校長先生の、視覚的にも分かりやすい説明に、会場がどよめいた。
「いいですか、皆さん! メディア的には、『いろんなものを背負い、プレッシャーに打ち勝っての、金メダル!』っていうのが、絵になっていいのかも知れません。だけど、今、リュックを生桐くんに背負ってもらったように、いろんなものを背負ったままでは、ベストなパフォーマンスは出来ないということなんです! 誰も、ガチガチのパフォーマンスなんて、見たい訳じゃない! だから、インタビュー的には『背負って頑張ります!』と答えても、いざ、試合会場では、自分なりに、リュックを下ろすイメージを作ること!」
校長先生の熱弁に、会場は拍手喝采! 「よっ! 中村屋っ!」の合いの手も、再び飛び交った。
「試合も、試験も、面接も、背負わず行けよ! 行けばわかるさ!」
「中村屋~~~ッッッ!!!」
スティーブ・ジョブズの伝説の名スピーチに、勝るとも劣らない、劣るとも勝らない中村校長先生の名スピーチに、会場の拍手は、鳴り止むことはなかった。
ー 第五話へ、つづく ー
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