第三話 校長先生

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第三話 校長先生

 全校生徒による、盛大な応援が一段落すると、マイクの前には中村校長先生。 「え~、野球部の皆さん、この度は、あけまして~~~、……って、違うか~?!」  とりあえず、校長先生のことだから、ひとボケあるだろうと、みんな待ち構えていたら、いきなり来たので、いきなり、みんなで、ズッコケた。 「よっ! 中村屋!」  と、あちらこちらから、合いの手も飛び交った♪ 「いつも不真面目な校長先生ですが、今日は、ちょっと真面目な話をしようと思います」  と、校長先生が切り出すと、どこからともなく、「校長先生、大丈夫~?」、「どこか具合でも悪いの~?」と、生徒たちから心配の声が上がった。 「ありがとう、大丈V《だいじょうブイ》ですよ~! ハッハッハ♪ え~、本校のスローガンである『目指すな全国大会!』には、『そこをゴールにするな!』という、願いが込められています」 「へぇ~~~」 「全国大会に行けた・行けなかったで一喜一憂するのではなく、文化部も運動部も、その活動を嫌いになるまですることなく、ケガや病気に苦しむことなく、生涯好きなまま、程よく楽しめるよう、日々、一期一会のその一瞬一瞬を大切に、という願いが込められています」 「へぇ~~~」  生徒たちは、普段、あまり意識せず、忘れがちに過ごしていた願いに触れ、興味津々、目が輝いた。   「例えば、運動部の試合。両チームが『勝つんだ!』という意識で、全力を尽くし合い、いい試合をする。そこには、お互い、相手チームへの敬意と、礼を尽くすという、大切な意義があります。そのときの勝ち負けは、互いに全力を出し切っていれば、納得いくはず。勝ち負けよりも、勝ったなら、その勝ちに何を学び、負けたなら、その負けに何を学ぶのか?」  場内は、シ~~~ンと、静まり返り、いつもは不真面目な校長先生の真面目な話に、みんな聞き入っていた。 「未来への希望や目標を持ち、それに向かって努力することは、大切なことです。と、同時に、私たち一人一人の、いつ終わるか分からない人生、つまり、命を意識し、今日一日の一瞬一瞬を大切に、悔いのない時間を楽しむことも大切なことなんです。なので、うちの応援は、うちのチームも、相手のチームも、全力を出しきり、悔いのない、いい試合になりますようにという、祈りです」  校長先生のその言葉に、生徒一人一人、心の中で、静かに、応援というものを、もう一度、問い直していた。 「相手チームがミスしたときに、喜ぶのではなく、『ドンマイ(Don't mind)! 気にするな!』って励ませる心。相手チームがいいプレーをしたときには、『ナイスプレー!』と(たた)えられる心。そういう心を、みなさんには、育んで頂きたいと願っております」  とかく、「自分が自分が」、とか、「自分たちだけは」、という思考に(おちい)りがちな現代社会において、校長先生の言葉は、みんなの胸にグサリと突き刺さった。 「『その日、そのとき、その瞬間』、つまり、『今』を、きちんと生きる! 丁寧に生き切る! そうすることで、たとえ、未来への夢や希望が叶えられなかったとしても、その過程を精一杯生き切ったという充実感は、何物にも変えがたい、人生の証となるでしょう」  大らかでソフトな校風に込められた熱い深い思い。また、そんな先生たちに見守られているという安心感。  僕たちは、益々、この学校が好きになった。 ー 第四話へ、つづく ー
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