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“ドンッ!”
夜空を揺らした爆音が、空きっ腹までよく響く。
今のは大きな尺玉だろう。湧いた歓声からもそうわかる。
けれども男は、空を見なかった。
ただひたすらに下を向き、ひしめく人混みの足元ばかりに目を配っていた。
昨日まで平坦だった河川敷に、今夜は様々な出店が連なっており、提灯が灯す橙色の光は、ネオン以上の吸引力で街中の人々を掻き集めていた。
空を彩る花火に目もくれず、焼き鳥の匂いに誘われもせず、地面ばかりを見る薄汚れた男を、人々はどんなふうに見ていただろうか?
いや、おそらく人々は、男の奇妙さなどに目もくれまい。
溢れかえる群衆の歓喜と高揚の華やかさ、それが落とした影ほどにしか思わないだろう。
人混みに紛れたほうが個を消せることなど、長年この仕事をしてきた男には、とっくに心得ていることだった。
今夜は、またとない稼ぎ時。
懐中電灯の明かりがとらえた小さな煌めきに、慣れた様子で手を伸ばせば、百円玉がまた1つ。
男にとっては価値の高い硬貨だろうに、無精髭の口元は、ニコリともせずそれをポケットにねじ込んだ。
──ジミヤ
『地見屋』と書く。
ホームレスの小銭稼ぎにもいくつか手段はあるが、道端に落ちている金目の物を拾って生活の糧とする者を言う。
自動販売機の下や、側溝の中、時にはドブ浚いだっていとわない。
生きるということは、なりふりを構っていられるほど容易くないと、嫌というくらいに学んできた。
今更ちっぽけなプライドなど、とうの昔に捨てた男だったが、
それでも人並みな感覚が残っているとすれば、こうして俯くことそのものだったりする。
見たくはないのだ。
楽しげに焼きそばを分け合う家族連れを。
腕を組んではしゃぎ合う恋人たちを。
そして、決して届かぬ遠い空に咲いた、あまりにも眩しすぎる光の花を。
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