夢夜の迷子

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. 我ながら、子供相手に小難いことを言ってしまったものだと思う。 けれども相手が子供だからこそ、その返答は男を驚かせ、そして戸惑わせもする。 「それは大変っ! それじゃあ、あたしも一緒に探してあげるねっ!」 「えっ、いや……それは……」 「ダメだよ、おじちゃんのとっても大切なものなんでしょ? なくしたら困っちゃうでしょ?」 「いや、いいって、大丈夫だから……」 「だって、困ってる人を助けるのが、魔法少女ピロンだもん! あたしに任せてっ」 “人” 少女が男を “ヒト” と呼んだ。 世間から見下ろされる目が、男を人以下の何かととらえていることは、既に自覚している。 かつての自分もそうだったのだから、それを責める気にもなれずに受け入れていたつもりだったのに── 不覚にも固まってしまった隙をつかれ、少女がたくさんの足の隙間に入り込んでいく。 「あっ、コラッ、走ったら危ないよ。 家族のところへ戻りなさい」 「大丈夫だもん! ねぇ、おじちゃん、シアワセって、どんな形してるの?」 「えっ、カタチ?」 少女に問われ、男は一瞬たじろいだ。 それはそうだろう、彼女はシアワセを何らかのモノと思っているのだから。 当然シアワセに形など存在しないが、敢えて形作るとしたら── 男の脳裏に浮かんだのは、やはりまだ幼い頃に別れた娘の面影だった。 ちょうどこれくらいの背丈で、ちょうどこれくらい人懐っこくて、ちょうどこの魔法少女が大好きな、目の前の少女とよく似たカタチが輪郭を成す。 小さな背中がすばしっこく人混みを縫ってゆくのを、男は懸命に追いかけた。 これほど人でごった返す中、不用意に動けば、背の低い彼女はすぐに迷子になってしまうだろう。 誰かの肩にぶつかり、空き缶を踏んではよろけ、それでも男は遠い日の幻を追い求めるように、見え隠れする浴衣を辿り続けた。 どれほどそうしただろうか。 目印として見据えていた向日葵柄の裾が、ひしめく脚の隙間で不意に消える。 見失ったら大変とばかり、必死になって探す男だったが、ついに少女の姿はどこを見回してもなくなってしまっていた。 .
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