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縁日の明かりもない河川敷の隅っこは、人混みから置いてけぼりをくらったように、暗くて寂しかった。
息を荒げる男に、日がくれてなお留まり続ける熱波が、冷や汗にも似た汗を吹き出させた。
少女を見失ってしまったのだ。
最初に会った場所から、随分と離れてしまったのだから、おそらく彼女は家族とはぐれてしまったかもしれない。
今頃1人で泣いているのではないか?
そう思うと、迂闊なことを言ってしまった自分を激しく悔いる。
それと同時に、情けなさが込み上げてくる。
ほんの束の間垣間見た遠いシアワセのカタチを、男は再び取り逃がしてしまった。
所詮自分には捕まえることなど出来ぬと、とっくに諦めていたはずのもの。
しかし何故だろう。
足元で鳴く夏虫の声が、枯れていた苦いものを胸に呼び戻してくるのだ。
己の不甲斐なさ、悔しさ、虚しさ。
忘れかけていたそんな不用な感情達が、目の奥にまで迫り上がって来ているのだ。
男が泣いたのは、果たして何年ぶりだったろうか。
後方に連なる出店の提灯が、涙に滲んですっかりぼやけてきた時。
突然掴まれた手の感触に、男は弾かれたように顔を上げていた。
いつの間に来ていたのか、少女が男の手を握って立っている。
お面の大きな瞳が、じっとこちらを見上げ、
小さな手の感触が、節くれ立った大きな手に、柔らかく吸い付いている。
声が喉に詰まって出て来ない男。
あどけない声が、まるで鈴の音ように鳴った。
「おじちゃん、迷子になっちゃダメでしょ?」
一瞬、男に衝撃が走った。
1人佇み、泣いていた男の方を、彼女は迷子と思ったらしい。
面食らい、パチクリさせた男の目は、やがてその瞳に映る愛らしい姿を、瞼で優しく包むように細めていった。
なるほど、迷子になり、行き場さえ見失っていたのは、確かに自分のほうかもしれない──
そんなことをふと思った上空で、けたたましい爆音が連発していく。
「わぁ、すごぉいっ!
おじちゃん、見てーっ!」
大詰めとなった花火大会が、いよいよフィナーレを迎えたところ。
少女の指に促されるまま、下を向いて生きる男が、初めて空を見上げた瞬間だった。
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