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互いに織り重なる光の波紋。
時にひしゃげて長く伸び、時に土星のような輪を回し。
そしてそれら無数の花に、丸ごと覆い被さるような大輪の花。
赤、青、緑、紫……
絶え間なく移り変わるイルミネーションが、少女の浴衣をそれぞれの色に染めていく。
モノクロだった男の世界にも、とりどりの色が鮮烈に炸裂していく。
「わぁー、すごぉーいっ!
お空が大笑いしてるみたぁいっ!」
河川敷に沸き上がった興奮と歓喜の渦に、少女はどこかで聞いたそんな言葉を織り混ぜた。
男の目にも過分に漏れず、それはただただ、幻想的なまでに美しかった。
男は気づいていただろうか。
いつしか群衆に混じり、歓声を上げていた自分の姿に。
彼らと同じヒトの中に溶け込み、心の躍動を共有していたことに。
数分ほど続いたフィナーレは、夜空と鼓膜に夢の余韻を引いたまま、静かに闇へと溶け消えていた。
終わってなお、空を見上げ続ける男の目には、今まで気がつかなかったほどの星々が瞬いている。
やがて男が我に返ったのを見計るようにして、少女が無邪気な声を出した。
「すごかったねぇ!
それでおじちゃん、探してたものって見つかったの?」
「ははっ……どうだかなぁ。
でもなんだか、もう一度ちゃんと見つけてみようって気になれたかもなぁ」
「そうだね、無くしちゃったら困るもんね!
あたしはもう帰らなくちゃいけないけど……
おじちゃんの探し物、見つかるように応援してるねっ!」
「……ありがとう」
小さな手の感触が男の手から離れると、
少女は勢いよく人混みの中に走り出した。
最後に彼女が振り返り、目一杯のバイバイを送ってくると、男も微笑んで手を振り返す。
そんな姿を男の目に焼きつけたまま、少女は今しがたの花火みたいに、溶け消えるようにして人混みの中へ埋もれていったのだった。
ひと夜の夢を終えた河川敷は、帰路へと戻るたくさんの人生達が、一斉に移動を初めていた。
冷めやらぬ興奮を、互いに語り合う女学生達。
縁日で買ってもらった発光する剣を、得意気に振りかざす少年。
うちわを卓球のラケットにみたて、ふざけ合う若い男女。
道路へ流れる雑踏の中に、男が探す面影は、もうどこにもない。
もう一度、満天の星空を見上げながら、大きく息を吸い込み、そして長く吐き出してみた。
どことなく火薬の匂いをはらんだ風が、なぜか無性に心地いい。
久しぶりに、好きな絵でも描いてみるか──
そんな事を考えながら、男もようやく歩き出す。
下を向いて歩くはずの地見屋が、
ほんの少しだけ前を向いて。
~了~
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