くだらない自己紹介

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くだらない自己紹介

 研修旅行に向かうバスの中。一人ずつ自己紹介することになった。好きな教科、部活、好きな異性のタイプ、自分の長所・短所、趣味、将来の夢の中からいくつかを選び、1人3分以上5分未満話すという決まり。なにしろ目的地まで4時間近くバスで時間をつぶさなければいけないため、学級委員長が考えた苦肉の策だ。全員が5分話せば40人で200分、3時間20分という時間をつぶせる計算だ。  ほとんどの人は、そのすべての項目について 「好きな教科は体育です。部活は野球部。好きな異性のタイプは明るくて楽しい人。自分の長所は誰とでもすぐ仲良くなれるところかなあ。短所は気が利かないとか、不器用とか、だらしないと親には言われています。趣味はゲームと、犬の散歩と、最近は映画も好きです。将来の夢は公務員が無難でいいかなあと思ったり、ちょっとだけ犬に関わりのある仕事もいいかなと思ったりしています。警察犬を育てるとか、警察犬を使う警察官とか。」 みたいな、聞いてもすぐ忘れるような当たり障りのない自己紹介をする。  トビオは意外な話をした。 「僕は趣味について詳しく紹介します。僕の趣味は殺人事件について研究することです。毎日のように発生する殺人事件について、自分なりに分析しています。犯人と被害者の関係性、無差別殺人の場合は、犯人が人を殺傷したいと考えるようになった原因と経緯、動機と計画性、犯行後の心理的変化などについて事実を客観的に集積しています。」 という出だしで、その統計のとり方、殺人における歴史的、民族的、宗教的、哲学的、心理学的、社会学的な背景と傾向と対策などを具体的に説明した上で 「自分は将来、殺人事件を解決する刑事になるか、探偵になるか、もしかすると、そのどちらでもなく、完全犯罪を犯す殺人犯になるかもしれません。」 と言った。みな、わりと真面目に聞いていた。誰も笑わなかった。突っ込みもしなかった。あきれた。  約2時間半が経過した頃、とうとう私の番になった。できるだけ人の心に残らない在り来たりな自己紹介にしたいと思った。ただ無言で時間をやり過ごすことも考えたが、それはむしろ不自然過ぎるので、一通りのことをダラダラとゆっくり話した。 「私の好きな教科は、小学生の時は図画工作でしたが、中学生の時は、ええとお・・・特に好きな教科はなくなって・・・・今は、う~ん、やっぱり特にないです。部活は美術部です。志望動機は林原先生が勧めてくれたからですが・・・絵がうまい訳でも好きな訳でもないかも・・・とりあえず暇つぶしかなあ。好きな異性のタイプは・・・フツーの人かなぁ。あと、自分の長所は・・・特にないです。ええっと・・・短所は・・・えっと・・・あの・・・いろいろあり過ぎて・・・・しゅ・・・趣味は・・・えっと・・・いろいろなお菓子を食べてみるとか、いろいろな飲み物を飲んでみたりとか・・・・将来の夢は、フツーの主婦になって平凡な暮らしとか・・・憧れます・・・」  バスから降りて研修施設に向かう短い時間、トビオがそばに来て言った。 「好きな異性のタイプは、フツーの人ってさ。僕への暗黙の非難ですか?将来の夢はフツーの主婦になって平凡な暮らしって、やっぱ、僕への強烈な非難ですよね?それって、僕に関心あるってことですか?」 勘違い野郎のあきれた自己中妄想!だが、そこまで言うなら、面白いから話に乗ってみることにした。 「あ・・・わかっちゃった?やっぱ頭いい人には隠し事できない・・・・」 「そうなの?本当に僕に関心あるの?」 「う~ん。っていうか・・・私、友だちいないし。入学以来、私に話しかけてくれる人って、あなたくらいだから・・・」 「じゃあ、もしかして、この前、恋してるって言ってたけど、僕に恋してるの?」 なんという単純な思考回路。コイツ本当に優秀なAIなのか?とある部分の性能に特化した単純な作業ロボットじゃないのか?彼の性能を疑い、私はワザと彼を混乱させる作戦に出た。 「もし、そうだとしたら?こんなブスな女に恋されてるとしたら?」 「あ・・・あのさ。君はいつも自分のことブスって言ってるけど。僕は別にそんなふうに思ったことはないよ。」 「じゃあ、どう思ってるの?私がかわいいとか美しいとか思ってるの?」 「そういう表面的な形態の特徴に僕は興味ない。君の内面に興味があるだけだ。君の内面が読めない。」 「ナ~ニそんな偉そうなこと言ってんの。じゃ、他の人の内面は読めるとでも言うの?」 「ああ。読める。なぜか読める。だけど君の心だけ、まったく読めないんだ。不安なくらい何も感じられない。」 「ふ~ん?じゃあ、あなたは私以外の人の心を盗み読みしてる訳?」 「盗み読みだなんて・・・そうじゃない。勝手に感じてしまうんだ。リアルタイムで喜怒哀楽の周波数みたいなものをキャッチしているだけさ。」 「そのことについて、あなたは嬉しいの?苦しいの?」 「苦しいに決まってるだろ!そんな能力、嬉しい訳ないじゃないか。何も分からない鈍感な君みたいな人間になりたい。」 「まあ、ヒドイ言い方。私が鈍感だと決めつけてる!」 「憧れてるんだから、いいじゃないか。僕は君みたいにトンマでマヌケで不細工な雰囲気にたまらなく安堵感を憶える。」 「は~あ?よくもズケズケとそんなコト言えるわね。あきれた!・・・でも・・・もう、みんな部屋へ行ったわ。また、そのうち話を聞く。」
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