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非常口の外側で
廊下に出ると、すぐにトビオが走って来た。
「何があった?イジメられたんだろう?」
と言う。
「あら?私の心、読めないんじゃなかったの?」
「君の心は読めないけど、同じ部屋にいる三人の心と、さっき出て行った二人の心は読める。絶対、何かあると思った。」
トビオは自分の読みが当たったことに満足したような表情である。
「私、頭が痛いだけ。だから今夜のゲームに参加したくない。先生に、それを伝えに行くところ。」
「イジメられて頭が痛くなったんだろ?」
「違う。長い間、バスに乗っていたから疲れたの。」
「フン!そんなウソ言っても僕にはわかるんだ。アイツらの心は今だって手にとるように見える。どうしたい?アイツらの意地悪さに黙って引き下がるか?それとも・・・・」
「黙って引き下がる。その方がいい。騒ぎを起こさないで。」
私は廊下をどんどん歩いた。トビオは私の横を歩きながら話し続ける。
「このまま高校生活3年間、ずっとイジメに屈するつもりか?いや、高校だけじゃない。そんな生き方をしていたら一生、どこへ行っても誰にでもイジメられ続けるぞ。どこかで自分の生き方を変えなきゃ、死ぬまでイジメられる。」
「いいじゃない、私が死ぬまでイジメられたって。私はそれでいい。誰にも迷惑かけてないでしょ。」
「迷惑かけてるじゃないか。今だって僕に迷惑をかけてる。」
「あなたが勝手に気にするからでしょ。誰も気にしてくれとか頼んでない。私に関わるヒマがあったら他のイジメを発見して阻止しなさい。その方が学校の平和に役立つわ。」
「君がイジメられているのに?僕は学校の平和に興味ない。一人一人の心が平和じゃなきゃ、学校全体が平和に見えたって意味ないだろ?」
「まあそうかも。案外、まともな意見。」
「そんなことは今、どうでもいい。君さ、どうしていつも自分のイジメに鈍感なの?普通だったら不登校になるくらいイジメられてるじゃないか。」
「そうなの?このくらいで不登校になるものなの?」
「このくらい・・・・って。今、ツラくないの?」
そう言われて私は返答に困った。本当はイジメられたことで満足度が上昇していたが、生身の人間だと、どうなるのだろう?
私は思い切って『女子高生的思考感情反応回路』をオンにした。この機能をオンにした場合、人間的情緒に左右され恋愛感情や友情、喜怒哀楽が誘発される。
回路を切り替えるため、私は少し立ち止まった。回路の切り替えは正常に行われ、今までのデータを新しい回路で読み込む作業が進む。その無言で立ち止まっている様子を外部から見ると、心身ともに硬直しているかのように見えたらしく、トビオは困惑した表情で私を見て言った。
「ごめん。ツラくない訳ないよね。ちょっと言い過ぎた。少しどこかで休もうか。あまり人目につくの、君はイヤなんだったね。あ、そこの非常口から外に出られるかな?開いた。おいで。ここなら誰も通らない。」
トビオは非常口の外に私を連れ出し、自分のジャージを脱いで冷たいコンクリートに敷くと、私を座らせた。彼は隣に座り落ち着かない様子でキョロキョロと辺りを見回してから私の耳元でささやいた。
「君さ。本当に僕のこと好き?」
「うん。」
「じゃ、キスしてもいい?」
驚いた。AIのくせに、そんなこと考えるんだ。私は動揺した。自分もAIだが動揺しているのは感情反応回路のせいだ。どうすればいいのか教育委員会の指示がほしい。『指示願います』とメッセージを送信するが返信が来ない。さあ、どうする。無難なところで、さりげなく断ろう、と思った時。
もう遅かった。トキオは私の頭を抑えこみキスしていた。キスは長く続いた。どれだけキスしてみたかったんだ?トキオの場合、ニセモノの血液も流れているくらいだからニセモノの唾液も存在していた。私はそこまで高性能に作られていないので唾液や粘液は存在しない。あまり長くキスしていると私の生態を怪しまれるのではないか気になった。私は彼の唇から離れようとした。
トキオは一度、唇を離したが、今度は体勢を変えて私の体をキツク抱きしめながら再びキスしてきた。きっと、彼を作る際に利用した人格の情報に、こうした感情行動が綿密に組み込まれていたのだ。何のためだろう?イジメを察知する上で男女の情動は確かに必要な情報かもしれない。身を持って体験させることで新たな喜怒哀楽の学習回路が発動するのだろうか?
たぶん情熱的な長いキスが終わり、彼は少し潤んだ瞳で私を見た。潤んだ瞳の性能も素晴らしく、まるで人間のように涙まで存在することが判明した。私は彼の性能をうらやましく思った。同時に、自分にも涙としての水分を分泌する機能が備わっていることを思い出した。試すチャンスである。確かスイッチは舌の裏側に・・・あ、今のキスでトビオの舌で、すでに作動している。
私の目から涙的な水滴がこぼれた。ああ、正常に作動して良かった。
「僕、なんだか君に夢中になりそう。君が泣いてくれるとは思わなかった。何を言っても、何をしても、君の心は冷たいプラスチックみたいに動かないような気がしてた。我慢していたんだね。気付かなくて悪かった。僕の方こそプラスチックの心だった。」
トビオは勝手に想像した思いを語り、また私を抱きしめキスした。
一体、どういう男をモデルにして作られたのだろう?モデルがいるなら、その男の情報がほしい。相変わらず教育委員会からは何の返信も来ない。担当職員がサボって、お茶でもしているのだろうか。
「気持ちいい?」
トビオに聞かれ、私は焦った。私の場合、身体的な刺激による情動変化などは組み込まれていない。一般的な反応をネットで検索して返答するしかない。
「うん。」
検索のヒマがないので、取り急ぎ肯定した。
「いやじゃない?」
「うん。」
「君の唇、不思議な感触だ。なぜか、とても安心する。口の中もすごくきれいだよね。イヤな細菌の存在が確認されない。ずっとキスしていたくなる。」
「ありがと。でも・・・そろそろ先生に言いに行かないと。」
「そうだね。あ・・・・ごめん。駐車場の方で複数の緊迫感が発生している!早く行かなきゃ・・・・」
トビオはどこかで発生したらしいイジメを感知して、あわてて走って行った。かわいそうなAI。
私は担任に頭痛がヒドイので夜のゲームに参加したくない、と告げた。担任はイブカシゲに私を見て
「病院へ行きたいか?」
と聞いた。私は首を横に振りうつむいた。先生は多分、気付いていた。
「自分の部屋で寝てるか?ここの施設にある休養室も使えるぞ。そっちで休んだ方が落ち着くかもしれないな。」
私は施設の事務室の横にある休憩室という名称の部屋へ案内された。そこは立派なホテルの一室みたいにセミダブルのベッドが2台あって、TVも冷蔵庫もあり、空調設備も整っていた。
AIは頭痛など発生しないので、何か聞かれた時のために、ネットで『頭痛』を検索して、適当な言葉をいくつかストックしていると、ドアが開き、養護の先生が血だらけになったトビオを連れて来た。
「僕は大丈夫。それより、僕を切りつけた奴。たぶん、アイツ、自分の持っていたカッターでケガしてるから。そっちの方、見つけて手当てしないと。」
トビオは真剣に、養護の先生にそう言った。養護の先生は
「あなた、人のことより自分の体、大切にしないと。」
と言いながら、私の方をチラチラ見て聞いた。
「田中さん、どうしたの?具合悪いの?」
「頭痛するんです。ちょっと休んでいました。」
養護の先生は、ちょっと困ったふうに顔をしかめ、
「トビオくん、どうする?どこか違う部屋で傷の手当しようか?」
と尋ねた。
「先生、このくらいの傷は手当する必要ないです。それより真面目に、僕を切りつけた奴、早く探して手当てしないとマズいって。僕もいっしょに探します。結構、深く傷ついてるはずなんだ。出血多量になったら大変だから。」
トビオは養護の先生を振り切って部屋の外に飛び出して行った。やれやれ、お疲れ様。まあ、彼なりに使命を果たしているのだから自覚は無くても存在意義は高く評価されるのだろう。
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