トビオ 偉そうなことを言う

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トビオ 偉そうなことを言う

 トビオを切りつけた男子は自分の手をかなり深く切っていて、トビオは彼を近くの林で発見し、自分のシャツを引き裂き止血して施設へと連れてきた。ケガ人は救急車で病院へ搬送された。  休養室で待機していた養護の先生は、戻って来たトビオのケガが完治していることに気づき、いぶかしい顔をした。トビオは何事もなかったかのように私に言った。 「今夜はここへ泊るの?部屋へ戻らない方がいいんじゃない?」 「でも私、班長なの。」  トビオは養護の先生に言った。 「田中、イジメで班長にさせられて、イジメで今夜のゲームにも出られない。先生たちはイジメについて、もう少し積極的な対策を考えるべきじゃないんですか?教師って、おとなしく授業して給料もらえれば、それでいいんですか?僕は毎日、何十人というイジメの悲鳴を聞いています。今回みたいに刃物を使って人を脅すような、犯罪とさえいえるイジメが毎日のように発生しているんです。教師なんて信じられない。文科省は何をしているんだ!」  私は心の中でクスクス笑った。文科省の手先のクセに。自覚がないから仕方がないけれど。確かにトビオの訴えは間違っていない。世の中、狂ってる。  養護の先生は真面目な顔でトビオの話を聞いていたが、うつむいて小さな声でボソボソと答えた。 「私は高校は社会の縮図だと考えます。今の日本の社会が変わらない限り、高校だけ変わることはできない。生徒の一人一人に親がいて、教師の一人一人にも親や家族がいて、みんな、それぞれの関りで社会とつながっている。大人にも子どもにも差別やイジメがある。イジメが発生してから対処するのでは遅過ぎる。けれど、イジメを発生させない手立てなんて、ない。あるなら、みんな、やっている。ないから、できない。」 「そうかな?それは、いかにももっともらしい言い訳に過ぎない。荒れた学校を立て直した実例は、いくらでもある。教師が一丸になって真剣に問題解決しようと動き出せば、学校は変わる。管理職に力がないのか?先頭に立つ勇気のある教師はいないのか?情けない。生徒の心の平和を保障できないまま、何が進路指導だ。受験対策だ。聞いてあきれる!」  私はトビオに言った。 「トビオ。もう演説はやめて。頭痛がヒドクなる。目上の先生に、いきなり乱暴な言葉で自分の意見を主張をすることはイジメじゃない?」  トビオはハッとした顔で私を見て、養護の先生に謝罪した。 「すみませんでした。つい、熱くなって、失礼いたしました。」  養護の先生は、何も言わず部屋を出て行った。  トビオはまるで人間みたいに頭を掻きながら 「君の言う通りだ。僕は、どうもダメだ。もう少し冷静にならないと。君は実際、素晴らしい僕のパートナーだ。」 などと言いながら、ベッドに座っていた私の隣に座り、また軽く私の頬にキスした。 「ユカリって呼んでいいよね?君は、僕をトビオって呼んだ。ユカリ、君に夢中になってしまう。ユカリ、ユカリ・・・」  トビオは私をベッドに押し倒そうとした。私は立ち上がった。 「ダメ。こんなところで。今が、どういう状況か考えて。」 「そうだった。じゃ、研修旅行が終わったら、僕とデートして。」 「どうかしら?デートの途中で悲鳴が聞こえたら、走って助けに行くんでしょ?そんな気が気じゃない落ち着かないデートなんて楽しいかな?」 「そうか。確かに、それじゃ落ち着かない。あああ、僕は変わりたい。人の悲鳴を平気で無視できる勇気がほしい。どんな暴力もイジメも無視できる強い心がほしい。」 「何言ってるの?暴力やイジメを無視するのは、強い心じゃないでしょ。むしろ弱いから、立ち向かえないから、無視するより仕方がないんでしょ。トビオは間違っていない。人の悲鳴を平気で無視できる方が、どうかしてる。私は、イジメに正面から立ち向かうトビオが好き。落ち着かないデートでもいいわ。あなたは変わる必要はない。」 「本当にそう思ってくれる?こんな僕を認めてくれるのか?」 「ええ。ただし、一つだけ、お願いを聞いて。私がどんなイジメを受けても決して助けないと約束して。私の味方をしたり助けたりしないで。学校では、私と仲良くしないで。それを守ってくれるなら、誰にも見つからないところで、デートする。」  トビオは人間みたいに私をマジマジと見つめた。 「わかった。約束する。ユカリを信じる。」 トビオは休憩室を出て行った。夕食のお知らせが放送されていた。
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