泥棒疑惑

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泥棒疑惑

 夕食を食べるべきかどうか悩んだ。現実問題として、食物を口から飲み込んだ後の処理は面倒なのである。トビオほど高性能ではないため、食物を消化することはできない。人間でいうと脇の下からウエストにかけて横腹に一本の縦筋があり、そこは一見、傷のように見えるが、その部分を開閉して内部の食品を袋ごと取出しトイレに流さなければならない。  私は夕食はとらず、一度、二段ベッドのある寝室へ戻った。なんと私の荷物の中身がバラバラに床に散らばっていた。たいしたものは入っていなかったが、お金が入った財布は見つからなかった。  教育委員会にメッセージを発信する。今度は、すぐに返信が来る。 『とりあえず泣き寝入りの方向で、お願いします。』 『了解。トビオに特定のモデルがいるかどうか、モデルがいるとすれば、どんな人物なのか、情報提供お願いします。』 『その情報は、確かあります。明日、お知らせできると思います。さっきは、緊急会議で連絡できず申し訳ありませんでした。何かありましたか?』 『トビオにキスされました。そのため、彼のモデルの情報を必要としています。』 『なるほど。意外すぎる展開ですね。できるだけ早くデータを送ります。』  指示通り、私は泣き寝入りした。体を横にして3分以上動作を行わないと、私は文字通りスリープモードに切り替わる。動いている間は股関節付近にあるモーターが動き自動的に充電され続けるのであるが、家に帰った時には、しっかりコンセントからフル充電する。足の裏の指の付け根付近の皺を引張ると内臓されたコンセントを引き出すことができるのだ。しかし今夜は、危険過ぎるのでコンセントは出さない。スリープモードで電気の消費を抑えようと思い、ベッドの上で寝ていた。  どのくらい経ったろう。 「田中。起きなさい。この部屋の、みんなの財布がなくなった。ちょっとおきてくれないか?」 担任の林原先生が、私を揺すぶり起こした。 「ああ・・・私の財布もなくなってます。」 「え?田中の財布も?・・・実は今、全員の持ち物検査をしているんだ。田中の荷物を見せてもらえるかな?」  私はさっき片付けたバッグを先生に差し出した。先生は一つ一つ中身を出した。みな、興味津々な表情で見つめている。何かを取り出した時、先生の表情が変わった。私の洗面道具を入れてある不透明なビニールのチャック付きのポーチだ。確かにお金がジャラジャラするような音がする。  チャックを開くと、みんなの財布が出てきた。私の財布は出てこなかった。 なかなか巧妙な手口のイジメである。  私はまた休養室へ連れて行かれた。 「正直に話してくれないと、窃盗の容疑で警察に届け出なければならない。どういうことかな?」 「どういうことなのか、私にもわかりません。私が夕食前、この休養室で休んでいる間に何かあったのでしょうか? 「田中が盗んだのではないと言うんだね?」 「はい。私は何も知りません。」 「部屋の何人かは、田中が財布を抜き取るところを見たと言っている。どうするかなぁ。この際、平等に、部屋のメンバー全員、警察で取り調べてもらおうか。私には、どうすることもできないから。最近のウソ発見器は相当な確立でウソを見抜くらしい。」 「面白そうですね。警察で取り調べてほしいです。よろしくお願いします。」  林原先生が二段ベッドのある寝室で、私の部屋のメンバーに同じ提案をしたところ、みんな口をそろえて、せっかくの研修旅行が台無しになるので、財布は戻って来たのだから警察にまで行かなくていい。田中さんを許す。と言ったそうだ。 「アイツらが仕組んだイジメだな。これで、はっきりした。」 先生はそう言って困った顔で私を見た。 「田中には申し訳ないことをした。ごめんナ。ツライと思うが、私にできることは少しでも力になる。がんばって高校生活を続けられそうか?」 「私、昔からイジメられやすいんです。どうしてなのかな?」  念のためのリサーチである。先生は少し考えてから言った。 「田中はイジメられても反抗したり、言い返したりしないからかもしれない。普段から、みんなとおしゃべりすることも苦手なんだろう?気軽におしゃべりしない人間ってのは、大人でも、何を考えているのかわからないという理由で煙たがられ、仲間はずれになる。日本では、みんなと少し違う人を見ると仲間はずれにする、という歴史が続いて来た。村八分なんて言葉が何百年も前からあるくらいだ。だけど、イジメる側だって、イジメられる側になる場合もある。その逆もある。今の日本人は無宗教で、信仰も道徳も哲学も何もないことがイジメを許し続けている大きな要因ではないかと、私は思う。田中がもし、イジメられたくないなら、すぐに役に立つかどうかはわからんが、宗教や哲学、思想など人間の生き方について勉強してみるのも一つの手かと思う。イジメられた時、どんな言葉で抵抗するか。自分の心が広く豊かであれば、多くの人の心に深く響く言葉を選ぶことができる。」  私はうなずきながら真剣に聞いた。 「わかりました。少し勉強してみます。先生のお勧めの本があれば教えてください。」 「残念ながら、これという一冊は思い浮かばない。いろいろ手当たり次第に本を読んでいるうちに、何かハッと気づくことがあるかもしれない。人は百人百様だ。何が刺激となるか、みんなそれぞれ違うからね。」
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