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困ったトビオ
次の日、少し早めに学校へ着き、黙って座っていた。誰も話しかけない。
「おはよう。」
と小さな声で山村トビオが声をかけた。私は黙ってうつむいていた。
「よかった。君が来ていて。」
彼はまた小さな声で、そう言いながら、私の顔を覗き込んだ。私は無表情モードで沈黙を守った。
授業が始まった。私の成績は下の下に設定されている。どの教科も理解できない。だがヒマではない。どこかに死にそうな生徒がいないか、悩んでいる生徒がいないか、できるだけ多くの情報を収録しなければならない。私は授業中にも関わらずキョロキョロした。
「どうしたの?何か気になるの?」
その様子に気づいた山村トビオは、また小さな声で私に聞いた。私は仕方なく沈黙してうつむいた。
放課後、自宅として用意されている団地の一室に戻る。私の母親役の職員が待機していて、今日の生活態度について検証する。
「まったく何も話をしないのは不自然過ぎる。できるだけ人にバカにされるような発言を選択し、時々は発言すること。授業中の情報収集は目立つので控えること。イジメやセクハラなど問題のある部活を探り、入部すること。それにしてもトビオは困ったものね。どういう家庭の子どもか少し調べてみるわ。」
次の日、国語の授業中、先生に、太宰治の『走れメロス』について感想を求められた。できるだけバカにされるような発言をデータの中から選び出した。
「走って疲れただろうと思いました。」
何人かがクスクス笑った。よし、成功だ。そう判断されたが、授業が終わった時、トビオはまた小さな声でささやいた。
「君の感想は間違ってない。走ったら疲れる。誰だって走ったら疲れる。だからこその『走れメロス』さ。疲れて苦労して友情を守ったんだ。自分の愚かさを知らないヤツほど人をバカにしたがる。気にするな。」
周囲の何人かは彼の言葉を聞いていた。私はそんな彼の発言に対しベストな反応を検索したが、限られたデータの中にはヒットするものがなかった。
問題の多い部活を探そうと思い、放課後いろいろな部活を見て歩いた。どの部も問題が多かった。問題のない部は一つもなかった。イジメあり。セクハラあり。暴言暴力あり。
「どの部に入るか決めた?」
突如、玄関でトビオに質問された。
「まだ。」
「田中は絶対イジメられると思う。だから、僕と同じ部に入ろう。」
「何部?」
「何部でもいいよ。田中の好きな部活、考えといて。」
「いっしょの部活はマズイと思う。」
「なぜ?なぜマズイの?」
「親がキビシイから。男子と仲良くするのはマズイ。」
「仲良くしようなんて言ってない。僕はただイジメはよくないと思う。田中を見てると心配になるんだ。ただ、それだけだ。」
「余計なお世話です。私にかまわないでください。」
私は走って、その場を立ち去ろうとした。
ところが私の足は短く運動神経も最低なので、すぐにトビオに追いつかれ腕をつかまれた。
「そんなに親が怖いのか?君が逆らうと暴力を振るわれたりするのか?」
「離してください。人に見られたら困ります。」
「なぜ困る。僕と仲良くしているように見えるからか?」
「そうです。私は誰とも仲良くなりたくない。」
「なぜ?寂しいじゃないか。友だちもいないなんて。」
「お願いです。腕を離してください。関節部分は壊れやすいんです。」
「ごめん。知らなかった。ヒジ?肩?痛かったんだね。ごめんね。」
プルル!教育委員会の監視係から無音の警告が送信されてきた。耳の後ろが振動する。発言内容が不適切だったのだ。今、どういう言動が適切なのか、検索エンジンは働いていても回答が見つからない。私は立ち止まり沈黙モードに入った。
「ごめん。怒らせちゃった?僕はどうすればいいかな?もう暗くなってきたから田中の家まで送ろうか?腕、大丈夫?痛くない?」
何人かの生徒が私たちを横目で見て通り過ぎる。目立ちすぎるのはマズイ。『人目に付く』ことはタブーなのだ。私は黙々と歩き出す。トビオがどうしようが構わない。自分は真っすぐ家に帰る。家までトビオがついて来たとしても特別問題はない。母親役の職員が適切な対応をする。
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