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『トビオが来る』
さて、トビオは最近、なりふり構わずイジメ防止プログラムを発動し、校内では『トビオが来る』という言葉が流行し、何かと言えば、
「そんなことしたらトビオが来るぞ!」
「これ以上、アイツを責めたらトビオが来る!」
のように使われていた。
実際、授業中であっても遠くで誰かが危険な状態にあることを感知すると、トビオは風のような速さで駆けつけた。先生達も何も言わずトビオは思い通りに走り回った。
私はハッキリ言って、それはやり過ぎだと思った。どう考えても不自然極まりない。
「どういうつもりかしらないけど、あなたの行動、やり過ぎじゃない?」
私はトビオに聞いた。
「確かに。僕も同じことを考えている。だけど・・・どうしようもないんだ。なぜだろう?遠くで悲鳴や脅す声が聞こえると無意識に走り出してしまうんだ。授業中だから黙って抜け出すのは学校生活を乱すことだと思うけれど、それ以上に強い本能みたいなものが僕を走らせる。あ・・・君に、こんな話しても難しいよね。ごめん。ヒトリゴトだと思ってくれ。」
「そうなんだ。かわいそうに。」
私は彼に同情した。同じAIとしては人ごとと無視できなかった。
そんな話をした直後、彼はまた走って教室を出て行った。休み時間だったので私は、その後を追ってみた。ああ、それにしても私は走るのは相変わらず遅い!
私がやっと体育館の裏側に着いた時、5~6人の男子生徒が2人の男子生徒を取り囲み、大き目のカッターを手に何か叫び脅しているのが見えた。私は物置の陰に隠れて覗き見していた。
トビオは、不良たちの中に割って入り、被害者の2人に
「君達は早く教室へ戻れ。」
と言った。
「トビオか。お早いお出ましじゃねえか。やれっ!」
と不良のリーダーの掛け声と共に、彼らはカッターで切りつける、殴る蹴る、はたまた近くにあったコンクリートブロックを頭に叩きつけるなど、生身の人間だったら即死するだろう勢いで、トビオをボコボコにした。
さすがに高性能人型ロボットらしく、トビオは血だらけになり、殴られたところは内出血で青黒くなった。制服はカッターで引き裂かれ、破れたズボンは泥まみれになっていた。
それでもトビオは一方的にやられていた。倒れても倒れても、何度でも立ち上がった。不良が振り回すカッターの刃は折れ、殴る手も蹴る足も痛くなったのか、彼らは暴れるのをやめた。
「チッ・・・どうなってんだ。覚えてろ!」
リーダーは一応、そんな強がりを言い残して去って行った。
その後、トビオは男子トイレに入った。しばらく出てこなかった。もう、とっくに次の授業は始まっていた。私は隠れてトビオがトイレから出てくるのを待った。
トイレから出てきたトビオの制服は破れたままだったが、体の傷はほぼ治っていた。傷も無いのに血のにじんだワイシャツの襟や袖口は妙に目だった。
「ごめん。見てた。」
私は声をかけた。
「そうか。ヒドイな、アイツら。放っておくとマズイ。」
「それはそうと、あなたは痛くなかったの?カッターで切り付けられたり、ブロックで殴られたりして、よく大丈夫だったわね。」
「僕は平気さ。別に痛くない。ほら、もうどこもなんともないだろ?」
「シャツは血だらけよ。せめて袖口、まくった方がいいわ。」
「そうか。君はなんだか変わったな。」
「そう。もう、あなたに遠慮しない。言いたいこと言うわ。」
「ああ・・・違う。そうじゃない。感じる。僕にはわかる。君はなぜか、ゴールデンウィーク前の君じゃない。どういうことだ?」
「そんなこと言われても、私にはわからない。別に整形とかしてないし。相変わらずブスのままでしょ。足は短く体も小太り。ふう~。うんざりだわ。」
「いや・・・そういうことじゃない。ああ、なんだろう。この違和感。わかりそうで、わからない、もどかしさ。」
「じゃあ、正直に教えてあげましょうか?」
「教えてくれ!」
「私、恋してるの。」
「は?・・・恋?」
「そう。恋すると女は変わるのよ。」
「いや・・・そういうレベルの話じゃない。」
「そういうレベルよ。あなた、恋したことないから、わからないんでしょ。恋すると人間、ものすごくパワーアップするのよ。」
「誰に?誰に恋してるんだ?」
「秘密よ。そんなこと、あなたに知らせる義務はない。」
「そうか。そうだよな。クソッ!なぜかイライラする。」
「イライラするなら私を殴ってもいいわよ。」
トビオは走って教室へ戻った。私は心の中で一人作戦会議をしていた。まだ4時間目の授業中だったので、廊下でボンヤリしているところを数学の先生に見つかり声をかけられた。
「どうした田中?体調悪いのか?」
「いえ。なんとなくサボりたかっただけ。」
「困ったな。誰かに何か言われたのか?」
「隣の席の山村トビオに『イライラする』って言われた。」
「そうか。トビオの奴、最近ちょっと走り過ぎだな。少し自由にさせ過ぎだとオレは思ってる。職員会議だな。あまり調子に乗る前に、落ち着かせる方が彼自身のためでもある。田中は、美術部の事件では疑われて気の毒だったな。まあ、がんばれよ。何かあったら、オレでもいいし、誰でも話し易い先生に相談することだ。」
「はい。ありがとうございます。」
トビオはAIである。彼を混乱させても私の使命に反することにはならないだろう。私はあくまで生身の人間の命を守ることが使命のはずだ。
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