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第四話
※
出所を翌日に控えた俺は刑務官から所持品を渡された。
とはいえ、着ていた服と靴。それに家の鍵しかなかった。さすがにそれを見た刑務官は「何か買い出しに行くか?」と言ってきたが、断りを入れゆっくり過ごすと伝えた。
柔らかなベッドに寝転がり目を瞑ると、眠くはないのに睡魔が襲う。
※
京次さんのシノギは闇金と不動産だ。不動産より今は闇金のほうがいいだとか、いろいろと教えてもらった。
そうして京次さんのおこぼれに近い形だったが、俺もシノギを持てるようになった。
はじめての上納金を渡しに銀水会の事務所へ行くと、若頭の椎田さんがいた。
「おお、健人。お前最近頑張ってるらしいじゃねぇか」
「ありがとうございます」
両膝に手を置き頭を下げる。
「それでお前……八幡の奴とデキてるって話は本当か?」
ぎくりとした。別に隠しているわけでもないが、先日京次さんから気を付けろと言われたばかりだ。俺は少しだけ警戒しながら答えた。
「えっと……はい。どこでそれを?」
「お前らを見てりゃ分かるさ。俺もお前に惚れたひとりだからなぁ」
「いやいや、冗談を。そんな俺なんて」
「お前の目、いい目ぇしてんだ。男の征服欲を満たしてくれる、いい目だ」
「征服欲?」
「なあ健人。俺はお前が欲しい、全部だ。八幡は捨てて俺のモンにならねぇか? どうだ、悪い思いはさせねぇぞ?」
肩に手を置かれる。それをゆっくりと、失礼のないようにどかした。
「すんません。俺、もう背中にイザナミを入れたんで。その、すみません」
「ふ、ハハハッ! いや、悪い悪い。本気にしないでくれ。ちょっとからかっただけだ」
「え? いやだな、椎田さん。びっくりしたじゃないですか」
「背中にイザナミ、ねえ……身も心も、八幡のモンってわけだな」
椎田さんはバシバシと俺の背中を叩くと、上納金は親父に渡しておくと言って奥の部屋へ入っていった。
そうしてはじめての上納金を渡し、俺は事務所を出た。
外には京次さんが待っている。
「よくやったな、健人」
「京次さんのおかげです」
「今日は祝いだな。好きなもの食いに行こう」
「肉、食いたいっす」
「ステーキ屋にでも行くか」
そう言って、京次さん行きつけのステーキ屋に連れて行ってもらった俺は、とんでもなく柔らかい肉を食べた。スーパーに売ってるサイコロ型の成型肉のように柔らかいのに、脂っこくない。
「どうだ健人、美味いか?」
「美味しいです!」
「なあ、このあとは、俺に任せてくれねぇか?」
「任せる?」
「ああ」
食事を終え、店を出るとタクシーを拾い郊外へ出た。
「どこ行くんっすか?」
「あ、そこ右で」
結局、タクシーを降りるまでどこへ行くかは教えてくれなかった。
着いた先は住宅街だった。
「こんなところに、何かあるんすか?」
「ここだよ」
あごで指し示された先は、普通の少し小さな一軒家だった。
「ここが、なんですか?」
「鈍いなぁ、お前。俺と健人の家に決まってるじゃねぇか」
「はぁ?!」
「あのホテルでヤるのもいいけど、そろそろ一緒に住むってのも悪くねえだろ?」
京次さんは珍しく顔を赤くしていた。
「京次さん、なに、自分で言って照れてんっすか」
「うるせえ! 照れるもんは照れんだよ!」
夜中だというのに大きな声でふたりして笑った。
中に入るとまだ殆ど何もない家の中にソファーベッドが置いてある。
京次さんがそれをベッドの形に変えると、そこで体を繋げた。
俺も京次さんも激しく動いていると、行為の途中でソファーベッドが嫌な音を立てて壊れた。それを無視して果てるまで続ける。
セックスが終わり、ソファーベッドを見ると、リクライニング部分が変にへこんでいた。
「やっぱ安もんは駄目だな。今度大きいベッド買いに行こうな」
「そうっすね」
またふたりで笑い合う。
「はあ、しかし家買ったのは失敗だったかな」
「え、なんでっすか?」
「もう俺、家から出たくねえわ。ずっと健人とセックスしてたい」
「なに言ってんっすか、殺されますよ」
「違ぇねえ。風呂は、明日でいいか」
「いいっすよ。今日はもう寝ましょう」
掛け布団もなにもない壊れたソファーベッドで、裸のまま抱きしめあって眠る夜は幸せだった。
人間は面白くできている。極道という、いつどうなってもおかしくない世界に住みながら、自分は、自分たちだけは死なないと本気で思っているのだから。
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