最終話

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最終話

  ※  早朝5時。刑務官に付き添われ外へと向かう。 「お前は家があるからまだいいな。そのかわり、作業報奨金は少ないが」 「いいんです。ありがとうございました」  刑務官に深々と頭を下げ、俺は塀の外に出た。  早朝のまだ薄暗い中、刑務所のすぐそばに黒のベンツが1台停まっていた。  中には見たことのない男と、銀水会若頭の椎田さんが乗っていた。 「ご苦労やったなぁ、健人」 「椎田さん、どうして」  誰も来ないと思っていた。刑務官も迎えがあるなんて一言も言っていなかったからだ。 「迎えに来たにきまっとるだろ。ほら、事務所行くぞ」  車に乗せられると、久しぶりに嗅いだ人工的な芳香剤の臭いで気分が悪くなったが、椎田さんはペラペラと喋り続けている。 「いやぁ健人、痩せたなあ」  椎田さんがベタベタと無遠慮に腕や肩周りに触れる。払い除けるわけにもいかず俺はさるがままじっとしていた。  銀水会の事務所に着くと、運転手はどこかへ行き、俺は椎田さんとふたりで事務所までの階段を上った。  懐かしい事務所はそのままだったが、壁の代紋だけが『松江会・椎田組』に変わっていた。 「さて、放免祝いもしてやらないとな」  椎田さんがニコニコと笑顔で話しかける。 「椎田さん、これどういうことですか?」  壁の代紋を指差すと、椎田さんは笑顔のまま返事をした。 「ああ、銀水会は松江会に吸収合併されたんや。もとの銀水会は俺が引き継ぐ形でな」 「そんなことじゃない。松江会は、親父たちを殺ったところでしょう。なんで、そこと繋がってるのかって、聞いてるんです」  椎田さんの口角がニィ、とあがる。 「アン時、お前が断らんかったら、八幡も死ななくて済んだのになァ」 「椎田さん、アンタ、なに言ってんっすか」 「健人ぉ、お前は本当にいい男だ。そのきれいな顔に加えて根性もある。背中のイザナミは、ちと気に入らんが差し引いても釣りがくる」 「質問に、答えろ。俺が、俺が断らなかったら、なんだって?」 「八幡にお前をくれって言ったら断られるし、お前も断ったやろうが。だったら、八幡を殺せば早い話だろう。ついでに親父も殺して、まるっと俺のもんや。で、どうする? 俺の組に入るか? それとも、俺の愛人になるか? ムショん中で、ココ、寂しかったやろ」  椎田の手が俺の尻を撫でた途端、胃液がこみ上げた。  裏切って裏切られて。それが極道と言われる世界だ。  銀水会はそこそこ大きな団体で、そこで俺は最愛の人と出会った。俺の兄貴分であり、恋人でもあった八幡京次。何度も愛し合った。  なのに俺よりも誰よりも早く、会長の楯になって死んだ。  夢中で周りの奴らを殺して、気が付いたら捕まって病院の中で、俺は刑期15年だと言われた。  仮釈放で外に出てみれば、俺が京次さんを殺したも同然だと知った。  ああ、最悪だ。 「で、どうする? 愛人、でも悪い話じゃないだろう? 第一、お前ら兄弟が上の人間に楯突くのがいかんのやろうが。おとなしく言うこと聞いとけ、な?」  逆流した胃液を飲み込むと、喉がひりついて気持ち悪い。 「そう、ですね」 「そうかそうか! 愛人になってくれるか! じゃあさっそくお前に家を用意してやろう。他に何か欲しいものは?」 「なんも……ねぇよ」  俺は目の前の椎田の顔を右手で掴むとその頭を壁に叩きつけた。その時に椎田の眼球を押し潰したのか、右親指が濡れた。  うずくまる椎田を確認し、壁に飾ってあった木刀を手に取る。  銀水会の事務所があった時から置いてあるこの木刀は、木製の鞘を抜けば中は本物の日本刀だ。  鞘を抜いて椎田を切りつけた。カエルが潰れたような声を上げながら、椎田は這いつくばって逃げようとするが、流れる血で滑るのかちっとも前には進まない。 「お前の命以外、なんもいらねぇんだよ」  何度も椎田に刀を突き刺していくと、気が付けば椎田はピクリとも動かなくなった。    ※  イザナギはどうして、イザナミを連れて帰ることができなかったんだろう。  男ふたりの体重を支えるベッドは、京次さんが動く度に嫌な音をたてて軋む。 「健人、愛してる」  背中に京次さんの吐息が当たる。 「ンッ、京次さ……それ、言われるの、恥ずかしひうッ!」  俺の話を遮るように、ズグッと京次さんの大きなそれが奥を抉る。 「いいか健人、俺はセックスの時と死ぬ時しか愛してるってお前に言わねえ。だから、ちゃんと聞いてろ。いいか?」 「死ぬ時って、俺が先に死ぬかもしれないじゃ……ヒッああっ!」 「お前は俺より、絶対先に死ぬな。いいな」 「は、イッ! あぅ……あ、んんっ!」 「いい子だ……。愛してる、健人」 「きょ、じさん……あ、俺も、愛してます、愛してます! アアッ!」  京次さんが俺を強く抱き締める。それが絶頂の合図だ。それが分かっているから、俺の体も京次さんに呼応するように果てる。  俺はいつの間にかこんなにも、京次さんのことを愛してしまっていた。  もし、黄泉の世界に京次さんがいってしまったなら、俺は彼を迎えに行けるだろうか。    ※  疲れていたんだろう。ほんの一瞬の間、夢を見ていた。  汚い肉の塊から、刀を引き抜き鞘に戻す。 「イザナギは、イザナミを黄泉の世界から連れて帰ろうとするから、失敗したんだ。そこで一緒になればいいのに」  ジャケットのポケットから京次さんに貰っていた家の鍵を取り出して、椎田の血で汚れたジャケットを脱ぎ捨てた。 「今、いきますから。京次さん」  俺はタクシーを拾い、ふたりの家へ向かった。  そこからいけば、俺の永遠の人に逢えるだろうから。  ◆ 了 ◆
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