星くずの降る庭で

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星くずの降る庭で

 森は夏の緑をばっさり脱ぎ捨てて、赤や黄色に染まる、あでやかな秋という衣裳を身にまとっていた。それもなんだか薄らいできて息が白くなり出した頃。森にはかわいらしい声が響いていた。 「紅葉」 「もーみじっ」 「銀杏」 「いーちょうっ」 「どんぐり」 「どんぐりっ!」 「栗」 「くり!」 「きのこ」 「きーのこっ! すき!」 「はいはい。それはいいから場所は覚えたかな? ばらばらといってもそれなりに固まってるからね」 「うん、おぼえた! ぼくひとりで行ってこれるよ」 「それは頼もしい」  アランは優しく笑うと、 「ついておいで」 と立っている木に向かって走り出して、そのまま木のてっぺんまでのぼってしまう。あわてて同じようにのぼったハーリーに気をよくしたのか、 「うん、いいね」 なんて頷いて、リズムをとりはじめます。ハーリーがドキドキしながら見守っていると、アランは不思議な節で唄い出して、びっくりしたハーリーは乗った枝から落ちそうになってしまうのを必死でこらえます。 「もーりーの、こーだーちーの、みなさぁん? ぼーくらに、木ーの実を、わけてくださぁいっ」  透き通る声が奇麗に伸びて、森の中をかけていく。 森全体がざわっと揺れたような気がしたのは一瞬で、今のは見間違いだったように、冷たくなった風に凍えそうになっているのが不思議です。 「アラン、いまのなぁに?」 「森にお願いしたんだよ。ハーリーもやってみて」 「ぼくのぶんも、お願いしまーすっ!」  なにがなんだかわからないから、もっと説明して欲しいのに、と文句を言おうと思った矢先に、 「降りるよ」 とまた、すてててて、と降りていってしまうので、ハーリーはまたあわてて追いかけるしかないのが心臓に悪くて。 「やーん、まってー」  足の運びを間違えたら真っ逆さまに落ちてしまうから、怖さと戦いながらあとをついて行くのに必死です。 「アラン、最近教え方が厳しいよー」 「覚えなきゃいけない事はいっぱいあるからね! しっかりついておいで」  にぱっといつもの笑顔で有無を言わせないまま、ぴゅっと飛び出すように走り出したアランに、完全にタイミングを逃してしまったハーリーは、 「あーん、まってー」 と甘えた声をだしつつダッシュで走り出して、アランのあとを必死で追いかけて、今でも充分大変だよー、と心の中で泣くのでした。  何ヶ所目かの休憩場所で、 「ねぇ、ぼく、赤と黄色の林に行ってみたいな」 とハーリーが頼んでみると、 「ふうん? そういえば最近足が遠のいてたかな。いいよ、行こう」 「ありがとう!」 あっさりといける事が決まってハーリーの元気が復 活して、目が輝きます。 「どんな林になってるのかなぁ。いつも横目に通りすがるだけだから気になってるんだー」 とすこぶるご機嫌。 「奇麗なものがみれるといいね」  アランとハーリーがほのぼのと笑顔をかわすと、なんだか体がぽかぽかとしてくるのが不思議で、気持ちよくて、余計に笑顔になっていくのでした。                   ***  トーマがのんびり散歩をしていると、目を見開いたままよろけながら歩いているアランの姿を見つけてしまって、その雰囲気の異様さに、声をかけていいのかどうかとまどいながら、 「アラン?」 とぽそっとつぶやいてみました。この声が聞こえるようなら話をしよう、と。  ぬうっと振り返ったアランは何に驚いたのか、びっくり開いた目で、耳としっぽの毛が爆発していて、なんだかちょっとした妖怪の雰囲気を漂わせていて、初めてみた小動物なら逃げてしまいそうです。 「やぁ、さんぽ?」 「うん……、かえるところ……」  言葉もなんだかあやしそう。 「何があったの? そんなに驚いて。あ、仔うさぎ拾ったの?」  アランの腕に茶色からオレンジ色のグラデーションに黄色がまだらに混ざった、ふわふわの毛をした小さい生き物を見つけて、なんとか話の突破口を見つけようとしてみるけれど、アランの反応はトーマをびっくりさせるのに充分だったようで、アランが身体をびくっと震わせるのに、トーマまでつられてからだが揺れてしまうのです。すると仔うさぎがむくっと起きたかと思うと、 「ぼく、うさぎじゃないもん!」 と叫び声をあげて、トーマはひっくり返りそうになってしまいました。 「そ、その声はハーリー?」 「そうだよ。さっき、きゅうにいろがかわっちゃったの。そうしたらアランがびっくりしちゃってこんななの」  アランの腕の中から無理やり起き上がろうとしたせ いか、ハーリーがアランから落ちそうになるのを、アランがぎゅうっと抱きしめなおして落ちるのを防ごうとするけれど、ハーリーには姿勢がしんどいようでもがくのと、落とさないように必死になってるアランのもがきあいがなんだかかわいそうになってきて、トーマがハーリーを一旦引き受けて、改めてアランに返してあげると、アランは大事そうにハーリーを抱きしめなおします。 「どうしたの?」  ハーリーを絶対離すもんかという緊張だけは強く強くアランから感じられて、どうしてそんなにかたくななのか、トーマにはさっぱり。 「水晶の光を入れなくちゃ」  やっぱり、トーマにもハーリーにもまったく訳がわからないまま。 「なに?」 「この子、ぼくに似てるの。ぼくは半年以上水晶林 で過ごしたけど、今ならぼくが瞳に光を入れてあげられるから。そうしたら治るから。ハーリー、ハーリー。ぼくが必ず治してあげるから。もしかしたら蛍石もあったらいいかも。とにかく石の光をいれなくちゃ」  まるでうわごとのようにぶつぶつ言っているアランはどこか狂気さえ感じられて、二匹を黙らせてしまうのに充分。 「アラン、ぼく、くるしいの。おろして?」  おずおずと申し出たハーリーだったけれど、 「だめ、今は地面におりちゃだめ」 アランにすっぱり否定されて、苦しいのか少しせき込んでしまうと、トーマが、 「じゃあもう一度ぼくに預からせて?」 と提案してくれて、アランはしぶしぶハーリーの身を預けてくれて、ようやく少しほっとした空気が流れてくれて、胸をなで下ろします。ハーリーがいくら小さいとはいえ、アランとトーマの胸までの高さがあるので、 抱きしめて抱え持つ事がそもそも無茶な話で、よくここまで抱えて帰ってこれたものだとトーマが感心していると、よほど息が苦しかったのか、ハーリーはぜいぜいと息をしていて、時折せき込んでしまっています。改めてアランの必死さが伝わってくるようで、その哀しいまでの強い思いに、トーマは目が涙でいっぱいになってしまって、こぼさなかっただけ誰かに褒めて欲しいくらい。 「じゃあ、水晶林にいこう。ぼくがハーリーをかついでいくよ。そこで少しお話しない?」  こくり、と無表情のままアランが頷いたのを見て、だいぶこちらの言うことが耳にはいってきている事に安心しながら、むずがるハーリーを落ちないように肩に乗せたり、抱きしめなおしたりして、三匹は水晶林に向かう事にしました。もう、すぐそこです。  なんとか水晶林の端についたところで、 「ねぇ、もうおろしてあげてもいい?」 とトーマが聞くと、 「ハーリーが地面に着かないなら」 「ぼく、気をつけるから!」 「……うん、なら、いいよ」 アランがしぶしぶなのに、トーマとハーリーは目をあわせて喜んでしまって、アランがどうしてそんなに嫌がるのかを聞けないまま、ハーリーを水晶の上に下ろしました。それでも、そのまま先に走っていくとアランに注意されそうなので、ハーリーはアランのそばによって、大人しくついていく事にします。 「アラン、ぼく、だいじょうぶだよ?」  声をかけられたアランは、なんだか涙目で、ハーリーはそのまま声がつまってしまってなにも言えなくなって、トーマに顔を向けて、表情でこっちに来て、と訴えるだけで精一杯。 「アラン、聞いていいかな。どうして地面についちゃ駄目なの?」 「これ以上不確定要素を増やしたくないの」 「え、なぁに?」 「土に降りて、また色が変わったりして、治すための要素が増えたら嫌なの」 「気にしすぎじゃない?」 「だって、どうしてだかわからないから。こわいの」  そう言われてしまっては、原因のわからない二匹には何も言い返す事が出来なくて、黙ってしまうしか出来なくて。 「ぼくもね、昔色が変わってしまった事があって、ものすごく不安になったの。今でも原因は分からないけれど、元に戻るまで水晶林のなかにいたの。毎日毎日、ずっとお日さまや月や星の明かりで光る水晶林の中で、どうしたらいいのかなって考えてた。光がぼくを慰めてくれるような気がしてたの。だから、ハーリーにも、石の光がお薬になるんじゃないかと思って。でも、何をどうしたらいいのかは、ぼくにもわからないの」 「だいじょうぶだよ、ぼく、げんきだよ?」  そっとアランをのぞきこむハーリーを、アランは思わず抱きしめて、 「なにかいい方法があると思うの。探そうね」 とささやきます。なんだか涙声なのが気になって、ハーリーまで泣きそうになりながら、 「ぼく、げんきだから、あんまりきにやまないで? アランのほうが、ぼくよりたいへんそうだよ? ぼく、きにしてないから。ね?」 と笑顔で返すと、アランは少し元気になったのか、 「優しいハーリー。大好きだよ」 となでてくれるのでした。 「優しい石の光が、どうかなと思ってるんだけど」 「ぼく、ぜんぜんわからないから、いうとおりにしてみるね。あ、これ、どうかな。きのうみつけたの」  ハーリーがそっとさし出したのは、半透明で薄い青灰色の、中に針が見えるふしぎな石。石の中に針があるなんて。 「青針水晶だね」 「へぇ〜、あ、ぼくもここに来る途中に見つけたのがあるよ」  そう言ってトーマが出したのは天青石のかけら。 「どっちも青いね」 「ぼく、どっちもきれいですき。これをひかりにかざしたらいいの?」 「やってみて」 「おなじくらいのおおきさなのに、天青石のほうがすこしだけおもいきがするよ。こうかな」  水晶林の光に石をかざして、嬉しそうにふたつの青い石からの光をのぞきこむように、浴びるようにする様は、普通に石の輝きを楽しむ姿と全くかわりがなくて、アランは諦めたような目で他の石を探そうと目をそらした、その時。 「ハーリー!」  トーマの叫び声が聞こえて、慌てて振り向くと、ハーリーがこてんと倒れるところで、アランは自分の体が凍りついてしまったような気がして、息さえ飲み込んでしまったのでした。  ほわほわふわふわのハーリーの体は、そのまま横たわって、目を覚まさないのでアランは半泣きで、でもどうしていいかもわからなくて立ち尽くすしかなくて。 「アラン、落ちついて。ぼくもビックリしてるけど、ハーリーは息をしてるから」 「でもでも」 「ハーリー、聞こえてる?」  アランを混乱させないように、気丈に振る舞いながら、トーマが声をかけると、 「う……ん、だいじょうぶ」 とハーリーの声が小さく聞こえて、二匹はほうっと大きなため息が出て、そこに座り込んでしまうのでした。  ハーリーが目を開けてみると、足の力が抜けてしまった二匹がいて、どんなにか心配をかけたのかと思うと申し訳なく思うので、できるだけ明るくふるまう事にします。 「ぼく、だいじょうぶだよ。ありがとう。ひかりにくらくらしちゃっただけだから」  いつものように無邪気に笑いかけると、アランには花が咲いたように明るく感じられます。 「なんともない? どうしたのかと思って……あ!」  アランはハーリーの毛を見ていたのです。ハーリーもトーマもなんだろうと思って見直してみると、見事にハーリーの毛が、おなかまわりは白いまま、その他の部分がほんの少し灰色がかった青い毛に変わっていたのでした。 「ハーリー大丈夫?なんともない?」 「だいじょうぶ。おもしろいね! きれいだなぁってかんどうしたらそのいろになっちゃうんだね」 「面白いって話なの? そこなの?」 「わかんない。でもたぶんそうだよ」 「きっと、まだ周りに影響されやすいんだと思うなぁ」 「かもね。ぼくはたのしくてすき。だからみんなしんぱいしないで? ありがとう」  アランにとっては、なによりもハーリーの笑顔が嬉しくて嬉しくて、思わず抱きしめてしまうのでした。 「よかった、ハーリー……!」  アランの腕の強さが、そのまま心配と安心の産物だというのは誰にもわかっていたのですが、それが長く続くと、流石にハーリーも苦しくなってきます。 「あの、ちょっと、くるしいの」 「あ、ごめん」  気がついて、やっと力を抜いたアランでしたが、手を離す事は出来なくて。ハーリーは、アランにものすごく心配かけたのだと体で感じて、心配かけないようにしなくちゃと心に誓うのでした。 「ねぇ、暗くなってきたよ。みんなのところに帰ろう?」  アランが落ちついてきた頃を見計らって言うと、 「あ、そうだ、木の実!」 とアランが思いだしたように声を大にしたので、 「どうやってあつめるの?」 ハーリーが聞き返すのを、トーマはさっぱりわからないのでぽかんとしています。 「どうしたの?」 「今日ね、森に木の実をわけてもらうようにお願いしたの。アラン、あれってどうなるの?」  話題が変わって、すっかりいつもの落ち着きを取り戻したアランは、嬉しそうににんまりと口をほころばせて、 「あしたの朝だよ。楽しみにしてて」 とだけしか教えてくれないまま、 「帰ろうか。今日はきのこのクリームシチューってきいたから、楽しみ」 とひとりで悦に入っています。 「なーにー、いまおしえてくれてもいいじゃない」 「だから、あしたの朝のお楽しみなの。さ、かえろ。トーマも来るよね?」 「そんなわくわくするお楽しみを、ぼくが見逃すと思うの?」  当然、と笑って、三匹は家へと足を踏み出すのでした。 「みんなビックリするだろうね、ハーリーのこと」 「ぼくがいちばんビックリしてるよ? でもね、おもしろいなって思うの。きれいだなーってかんどうしたら、そのいろになっちゃうんだね」  二匹の心配をよそに、ハーリーはご機嫌。心配されていることに気がついたのか、二匹をじっと見て、 「ぼく、げんきだから。ありがとう」 とほほえんで、その様子に二匹は、思わずハーリーを抱きしめてしまうのを止められないのでした。  家を目の前にして、毛色が変わったハーリーをどうしようかとアランがとまどったのに、 「ぼく、いきなりいっちゃうよ」 と上機嫌で、ハーリーはドアをノックするのにためらいなんかみじんもなくて、怖い物知らずの勢いに二匹は取り残されそうです。 「ただいまー、あけてー」  そう、ハーリーはもちろん、アランやトーマにも、ドアノブは高くて手が届かないし、届いたとしてもぶら下がるのが精一杯なので、誰か人間にあけてもらうしかないのです。 「今度ぼくたち用のドアも作ってもらおうか?」 「ドアを作り直すの、大変だよ?」 「それもそうだねぇ」 大きい二匹が話しているのを全く無視して、ハーリーはとにかくせがみます。 「かえってきたよー。だれかいないのー?」 二匹に比べて少し高いハーリーの声が遠くに届いたのかどうか。 「ああ、帰ってきたんですね」 小屋の影からコナーがひょっこり姿を見せて、 「パセリを取ってくるのを忘れてましてね」 と手に持ったパセリを軽く揺らして、笑顔で迎えてくれるのと同時に、ハーリーを見て目を丸くしたのもつかの間、 「今開けますよ。おかえりなさい」 と温かく迎えてくれたので、アランとトーマはほっと胸をなで下ろしたのでした。 「コナー、聞いて? ぼくね、なにかを見てきれいだなーってものすごく感動しちゃうと、その色になっちゃうみたいなの」  開けてもらったドアもそっちのけで、ハーリーが笑顔一杯で話しかけるのに、コナーがほほえんできいてくれるので、なんだかほっとしながら、コナーが動じない人でよかったとしみじみしていると、 「ハーリーは空を見るのが好きだから、最近青みがかってきていたの、知ってましたよ」 と、核心をついてくるので、さすが賢者は侮れないと二匹はこっそり笑いあいます。 「アラン、木の実は大丈夫そうですか?」 「うん、いけそうだよ」 「ぼくも一緒にお願いしたの!」 「それは楽しみです。ハーリーの分もわけてもらえるなら、心強い」 「ねぇ、気になってたんだけど、どうやってわけてもらうの?」 「トーマも初めてでしたね。じゃあ注意を。今晩は、外で物音や気配がしても、外に出ないこと。いいですね?」 ウインクしながらいたずらを楽しむみたいに言われて、トーマとハーリーの期待はいやがおうにも高まっていきます。 「こっそりのぞいちゃ駄目?」 「それは来年の方がいいでしょう。今回は、どれだけ集まるかを楽しみにしましょうか」  ハーリーのえーという文句を消すように、 「じっくり楽しむ方がいいと思うんですよ?」 とハーリーの口元に指を一本立てて、文句はそこまでですよと茶目っ気たっぷりに笑うコナーは、大人の筈なのに、子供みたいで、そんな新鮮さがトーマには嬉しくて。 「ぼく、我慢するよ。ハーリーも抜け駆けは無しだよ」  トーマまでのぞき見しないと言ってしまったので、ハーリーには不満だけど、楽しみが減るのも悔しいので、 「わかった。がまんする」 と仕方なくつぶやくのでした。 「そろそろ日が落ちます。夕食の支度をしてベリルの帰りを待ちましょう」  みんないい子ですね、と穏やかに笑うコナーが、まるで夕陽の輝きのようにハーリーには感じられるのでした。 「ねぇ、コナー、さっきみたいに誰もいない時に僕たちが帰ってきた時のために、ドアに細工して僕たち用のドアってできないかな」 「ふむ。そうですね。検討しましょう」 「ぼくたちのドア? たのしみ!」  ハーリーのご機嫌は良い方にしか転がらないみたいで、そこにいる全員が自然と笑顔になっているのが、お互いに嬉しくて、肌寒くなってきた風さえもなんだかさわやかな気がするのでした。 「きのこのクリームシチューってきいたの。本当?」 「はい、出来てますよ。みんながそろったらあたためなおしましょう」 「ベリル、早く帰ってこないかなぁ」  ハーリーの笑顔は、みんなの顔もほころばせてくれました。                   ***  ほうほう、ほうほう。  夜の帳が下りてふくろうの鳴き声が聞こえる中、小屋の外では、ときおりことり、と音がしたり、なにか大きな動物がやってきたりする気配がして、ハーリーは寝つけずにいました。  どうしよう、おそと、みたい。でも、だめっていわれたし、みないっておやくそくしたし。でもやっぱりきになるよー!  目をつむっていても眠くならないし、みんなが寝ている静けさがなんだか重くさえ感じられて、何度も寝返りを打ってみますが、全然眠れません。  おみず、のんでみたらおちつくかしら。  ベッドから出ようとしたところで、コナーにそっと撫でられて、ビックリして毛が逆立ちます。 「どうしましたか」 「おみずのんだらおちつくかなって」 「そうですね。私が淹れましょうか」  そろりとコナーはベッドから降りると、ハーリーを抱えてキッチンに向かいます。 「眠れないのですか?」 「うん。やっぱり、きになっちゃって」 「なら、ミルクをあたためましょう。落ちつきますよ」 「ちょっとあまいのがいいな」 「はい、わかりました」  優しくほほえまれて、やっぱり好きだな、と思い直して。温かいミルクは甘さの分だけ早く体中に染み渡っていくようで、ハーリーは少し落ちついてきます。 「やはり、気になりますよね」 「うん。だって、おそとでだれかのけはいがするんだもの。なにがおこってるのかなって」 「夜が明ければわかりますよ。それまでは外に出ていかないこと。森との約束です」 「森とのおやくそく?」 「森はいろんな動植物が暮らしているところだから、お互いの生活の、私達にとってはなわばりとまではいきませんが、干渉しすぎない方がいいんですよ。そのなかで木の実を特別に沢山わけてもらう訳ですから、感謝の意味も込めて、私達はその晩には出て行かないというわけです」 「ふうん。なんだかむつかしいの。わかったようでわかんないようで、こまっちゃうな」 「だんだん慣れて、わかっていけるようになりますよ。でていって、持ってきてくれた誰かを驚かせたらかわいそうでしょう?」 「あせらないほうがいいのはわかってるんだけど、やっぱり気になるの」 「知りたくてうずうずするのもわかりますが、順を追っていった方が、より大きく楽しむことが出来ますよ。私が保証します。だから、今晩はじっと我慢ですよ」 「……うん。ありがとう。ぼくがまんがんばる」  カップに落としていた目をあげると、コナーの優しい笑顔があって、けっしてハーリーをだましたりしようとする表情ではないのを再確認して、ハーリーはもう一度決心しなおして、コナーに誓うのでした。 「今回は、森のみんながくれる贈り物がどんなものか、それを楽しみにしましょうか。誰が持ってきてくれるのかは、次のお楽しみに取っておいて、長く楽しみましょう」 「うん」  コナーはいつも優しく諭してくれるのが、とても嬉しい。 「ねぇ、コナーのベッドで一緒に寝てもいい?」 「もちろん」  小さな明かりの下で、笑顔がほころびました。  カラスが夜明けの巡回をする鳴き声が聞こえてきて、コナーがいつものように朝の支度を始めようと身体を起こすと、すっかりと寝入っているハーリーを起こさないように、そっと毛布を掛け直して、ベッドからおります。秋の朝はもうすっかりと寒くなってきていて、薄いガウンを羽織って、キッチンとリビングの小さな換気窓を開けると、薪を暖炉にくべて、部屋を暖めて、それから顔を洗い、お湯を沸かして寝室に戻ると、ハーリー以外がすっかり起きて、ベリルは着替えまで済ませていました。 「おやおや。素直ないい子ですね」  無邪気なハーリーの寝顔に、みんなすっかりほっこりしながら、出来るだけ寝かせてあげようと静かにしています。ベリルが暖炉の様子を見にいくその間にコ ナーは着替えをすませ、最後にハーリーを起こします。 「朝ですよ、起きましょう」 「う……ん、どんぐりいっぱい〜」  むにゃむにゃと寝言を言う姿に思わず笑みをこぼしながら、 「ハーリー、朝ですよ。森の贈り物を見るんでしょう?」  そっと触れながら声を少し大きくすると、 「そうだ、おくりもの!」 ハーリーはがばっと飛び起きて、いつもと少し違う景色にきょとんとしてから、ようやく目が覚めたのか、 「あれ、あ、そっか、ベッド、うつったんだっけ。えへへ。おはよう、コナー。もうみれる?」 「今からみんなで見に行くところですよ。さぁ、顔を洗ってくださいね」 「うん!」 元気一杯にベッドから飛び降りて、飛び出していくのでした。 「朝から元気良すぎですよ」  負けるなぁ、とコナーは力なく笑うしかありません。 「さて、今年はどれくらいでしょうかね」  のんびりとみんなの待つ玄関へとコナーは向かうのでした。 「コナーまだー?」  トーマの声が聞こえて、 「今行きますよ」 と玄関にたどり着くと、ハーリーの顔はびしょびしょです。しかたないですねとつぶやきながら、タオルで顔をふいてあげながら、 「自分でちゃんとふいたほうが早く終わるってしってますか? 今度からはちゃんとするんですよ」 と言い聞かせるのですが、ハーリーは生返事ですっかり上の空です。 「開けますよ」  小屋の主であるコナーがドアをあけると、待ちきれない様子で二匹が飛び出していって、 「うわぁ!」 と早速声をあげるのでした。  まだ朝日が昇りきる前の、少し肌寒い空気と光の中、それはありました。  山となった小枝や、木の実の数々。小枝にはそれぞれ木の実がついていました。ぱっくりと割れたいがぐり、くるみ、どんぐりの数々。茶色い山のなかに時おり赤いものが見えるのは、早生のりんごでしょうか。自分より高く積まれた森のめぐみに、ハーリーはぽかんと口を開けたまま、目まで見開いて、トーマはトーマで口こそ開いていないものの、ハーリーと同じように贈り物に釘付けになっています。 「いつもより多いですね、ハーリーとトーマの分も多めに分けてくれたんですね。ありがたいことです。これだけあるなら今から始めないと駄目ですね。さ、ベリル」 「はい、ほら、仕分けるぞ、二匹ともカゴ持ってきて」 「え、あ、うん」  トーマが我に返ると、さっとアランがカゴをさし出してくれて、 「ぼくはどんぐりをやるから、トーマとハーリーはくるみね。ハーリー、ちゃんとお手伝いして」  嬉しそうに言うアランに、二匹ともわくわくしてきて、元気よくカゴを受けとって、作業を始めるのでした。 「こんなに沢山、どうするの?」 「皮をむいて食べられるようにして、お酒につけて、闇越えのお祝いのお菓子にするんだ。コナーの作るお菓子は、そりゃもう絶品なんだ。人間が食べられない実は全部三匹にあげるよ」  いつになく口数の多いベリルが、にこやかに答えてくれます。 「今年は沢山ありますから、ベリルにも手伝ってもらって、そうそう、母屋の方にも渡して作ってもらいましょうね。栗もこんなにあるから、シロップ煮にしてもいいですし、バターケーキにまぜてもいいですね」 「おいしい?」 「ハーリーなんか、一緒に溶けちゃうだろうね」 「うわぁ、たのしみ!」 「はいそこ、手を動かす」 「ぼくも楽しみだな。今年は新しい出会いと楽しみが沢山増えたよ。ほら、ハーリー、あっちの方から集めてきて」 「うん!」  期待に胸を躍らせながら、みんなでやる作業は本当に楽しくて、あっという間に時間がたちます。 「私は朝食の支度をしてきますから、作業を続けていてくださいね」 「はい、お願いします」  コナーが小屋に戻っていくのを見送って、 「コナーがいなくても二匹増えた分こんなにできるんだって見せてやろう」 にっ、といたずらっ子のような笑みを浮かべるベリルに、三匹は嬉しくなって、 「がんばる!」 と異口同音に叫ぶのでした。 「闇越えのお祝いって?」 「冬が始まると、日が一番短い日が来るだろ。あの日を越えたらお祝いするんだ。一番昼が短くて夜が長い、つまり死に近い日を越えたお祝いなんだって。それが新年の合図なんだ。村に小さな市場が出るのが楽しみでさ。 俺たちだって出すんだ。あ、店には月のパンケーキは出さないし、アラン達は他の人間には見えないから店には出ないけど、特製シロップ、クッキー、ハーブティー、ジャム、アランが作るアクセサリー小物とか出すんだ。二匹とも手伝ってもらうからよろしく」 「みんなでお祝いするんだよ」 「へぇ、楽しみ。ぼくもまぜてくれる?」 「もちろんさ」 「へへっ」  トーマが恥ずかしそうに笑いながら照れ隠しなのか、さっきより忙しく手を動かすのに、アランまで嬉しそうにしています。 「今年は賑やかになるね」 「仲間が増えたもんな、アラン?」 「うん。みんなにありがとうって言いたいきもち」 「頑張って支度して、盛りあがろう」 「うん。ベリルも楽しんでね」 「もちろん。なんてったって食べ放題だからな!」  笑い声が庭から森へと響き渡り、彼らの冬支度がはじまるのでした。
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