僕たちは恋をしない

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「本当に、あんなにあっさり別れて良かったの?」 笹野さんが会長を連れて帰ったあと、僕は母に話しかけた。 「ねえ、羽風。お父さんに浮気をしたって言ったら、帰ってきてくれるかしら」 これが母の答えなんだろう。結局のところ、父さんを振り向かせたいだけだったのか。こんなに人騒がせなことをしても、相変わらず悪いことをしていたという意識はなさそうで、怒るのを通り越して呆れてしまう。 「どうかな。そんなことをするより、普通に好きだって伝えたほうがいいんじゃない?」  きっと母が変わることはない。この人はこういう風にしか生きられないんだから。 「羽風も大人になったのね、一人前なことを言って。それにしても、夏菜子ちゃんは、とても頭のいい子ね。お母さん、びっくりしちゃった。すっかり心の中を、読まれちゃったんだもの。羽風が好きになるのも分かるわね」  心の中を読まれた? じゃあ、笹野さんの言っていたことは、当たっていたってことなのか。まさかな……。 「本当に僕の気持ちを試す為に、不倫をしたわけじゃないでしょ。笹野さんや父さんのことを、振り回したかっただけの癖に」  冗談っぽく言った僕の顔を見ても、母さんは笑わない。 「そんなことないわ。お母さん嬉しかった。羽風がお母さんのことを、まだ愛してくれていることが分かって」 嬉しそうに言う母に、背筋がゾクリとした。帰ってきた父に、愛情を確かめるときの言い方にそっくりだったからだ。 「羽風は、夏菜子ちゃんのことが本気で好きなのかしら。だとしたら、お母さん寂しくなっちゃうわね」  僕は間違えたのかもしれない。母と会長を別れさせるべきではなかったのだ。僕と森緒さんの為に。 「もう、あんなことをしなくても、僕の気持ちなんて分かっただろ。親子なんだから」 「そうねえ。羽風がお母さんのことを本当に一番に思ってくれていれば、しなくて済むかもしれないわ。だけど気をつけなきゃね。次に羽風を傷つけたら、夏菜子ちゃんに毒殺されちゃうんだもの」 クスクスと母は少女のように笑う。僕は背中にじっとりと嫌な汗を掻いていた。 絶対に気づかれてはいけない。僕の本当の気持ちは。 「心配しなくても大丈夫だよ。僕たちはゲームをしているんだ。絶対に恋をしないっていうゲームをね」 僕は母を見つめながら、クールに笑って言った。内心は緊張していたけれど、それを悟られないように。 「それなら安心ね。夏菜子ちゃんもそうだと良いけれど」 母も、にっこりと微笑みながら言った。
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