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夜、僕は笹野さんに電話をした。
『起こしちゃったかな』
『ううん。まだ寝ていなかったから。森緒君、どうしているかなと思って。あと、お母さんも』
あの人は今頃、どうやって僕から笹野さんを取り上げようか、考えているんだと思うよ、とは言わないことにした。
笹野さんのことだから、母の本音を知れば、きっと今日みたいに僕を守ろうとするだろう。でも、笹野さんが本気だと知れば知るほど、母は僕の気を引く為に、とんでもないことをしようとするに違いない。
『大丈夫そうだったよ。僕はコウノトリのことを考えていたよ』
電話の向こうで、ゴトリという大きな音がした。
『どうしたの』
『あ、ちょっと。スマートフォンを落としちゃっただけ。それより、コウノトリさんがどうしたの?』
彼女は電話の向こうで、また表情を失くしているんだろう。足でハートを描きながら。
『もう、母と会長のところにコウノトリが来る心配は無くなったなと思ってね』
『ああ、そういうこと。うん、良かった』
『僕らの恋愛成熟度はどうなったかな。笹野さんはどう思う?』
『私は……』
笹野さんは答えない。彼女は気持ちを悟られるのが苦手だから。でも、いいんだ。言葉なんかなくても。笹野さんは、十分わかりやすいんだから。
『僕はね、気長に行くつもりだよ。コウノトリが、いつか僕たちのところに来るまでね』
相変わらず黙り込んでいた笹野さんが、『え、嘘』と声をあげた。
『今、窓の外にコウノトリさんがいたの。それで、私のほうを見て、すぐに飛び立った。嘘じゃないよ!』
『そんなのいるはずないよ』
笑いながらカーテンを開けた僕は、愕然とした。
『そんな、嘘だろ……』
僕たちは恋をしない Fin
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