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翌日、一人で校門を出て帰ろうとしていた笹野さんのあとをつけ、後ろから肩を叩いた。
「笹野さん、一緒に帰ろうよ」
彼女は、ぎくしゃくおかしな動きをしながらこっちを向いた。どうやら、恋愛成熟度が上がりすぎたらしい。もはや、表情がない。
「そちらは森緒君ですか」
「コウノトリにでも見えた? ほら、昨日。大事な話が途中だったから、もう少し話がしたかったんだ」
「そういえば、そうだった。早くなんとかしないと、森緒君のお母さんのところに、コウノトリさんが来ちゃう」
「そうそう。だから、作戦会議をしようよ」
僕たち二人の話じゃないと分かって安心したのか、笹野さんの表情が急に柔らかくなっていく。
「今日は秋晴れで爽やかだし、いつもの公園でいいよね」
彼女の手を取って歩きだすと、笹野さんは繋がれた手を三度も見直した。
「それでさ、あの人が、死ぬ死ぬ詐欺を会長に対してしているというのは、昨日言ったよね」
コクコクと頷き続ける笹野さんは、まるで壊れた腹話術人形みたいだ。仕方がないから、僕は手を繋ぐのを諦めて、離すことにした。
「再燃したあいつらは、すっかり悲劇のヒーローとヒロインになりきっているんだよ」
「ロミオとジュリエットみたいに?」
「まあ、そんなところかな。だけど、うちのジュリエットは一味違うんだ。父を殺してしまおうと思っているみたいなんだよね」
「森緒君のお父さんって何をしている人なの」
「ああ、話したことなかったっけ。僕の父は、大型貨物船の船長なんだよ」
「船長さんって、本当にいるんだ」
「そりゃあ、船があるんだからね。多分、笹野さんの想像している船長とは違うだろうけど。父は船が出たら、しばらく帰ってこないんだ」
「じゃあ、船に乗っている間は、お母さんは不倫し放題なんだ」
「そういうことになるね。ちょうどあいつらが別れ話をしていた頃に、父が帰ってきていたんだよ。それで母も、おとなしくしていたんだと思う。今はまた海に出ているから、母も好き放題しているというわけ」
父について訊いてみたものの、船長にさほど興味が持てなかったんだろう。笹野さんは、「そうなんだ」と、気のない返事をした。
「それで、お母さんは、どうやって船長さんを殺すつもりなの」
もちろんこっちの話には、興味津々だ。目がギラギラしている。
「毒を盛ろうとしている気がするんだ」
「毒殺って、また物騒ね」
言葉とは裏腹に、笹野さんの口元はにやけている。
「顔が笑っているよ。笹野さんのそういうところ、僕は嫌いじゃないけど」
「農薬でも買ってきたの?」
「ううん。最初は、最近あの人が庭にばかりいるから、会長と別れて寂しいのを紛らわす為に、園芸に夢中なんだと思っていたんだ。でも、やたら新しい鉢植えを買ってくるんだよ。それで庭に出てみたら、トリカブトがあった」
「トリカブト!」
身を乗り出して、笹野さんは続きを待っている。
「他には何を買っていたの」
「母の財布に入っていたレシートで確認しただけなんだけど、スズラン、キョウチクトウ。あとなんだったかな。スイレンとか」
「わあ、毒植物ばっかり!」
笹野さんは興奮して、拍手をしかねない勢いだ。
「その上さ、どこから盗って来たのか、父の部屋を取り囲むようにヒガンバナを植えだして。かなり奇妙な光景だよ」
「森緒君も間違って食べないように気をつけないと。お母さんが、夕飯に混ぜちゃうかもしれないし」
くすっと笑いながら、笹野さんは恐ろしいことを言う。
「詳しそうだね。毒物とか。笹野さんが興味あるのは、血と骨だけなのかと思っていたよ」
少し前に笹野さんとこうやってベンチに座り、二人で本を読んでいたとき、僕は誤って本で指先を切ってしまった。彼女は、「大丈夫?」と、言いながらも、うっとりした様子で僕の切れた指を見ていた。そのまま口に入れてしまいそうに思えるくらいに。
「確かに血とか骨は好き。人と話しているときも、ついその人の骨や流れている血液のことを考えてしまうの」
裸体を想像するどころの騒ぎじゃない。丸裸にしてさらに皮まで剥いでいる。
「筋肉とかも好きなの?」
「そこにはあまり興味が持てない」
きっぱりと彼女は否定した。僕にはどう違うのかよくわからなかったけれど、彼女にとっての骨や血と、筋肉は全くの別物なのだろう。
「でも、毒は好きなんだ」
こくりと笹野さんは頷く。毒物に惹かれる気持ちは、僕にもわからなくはない。
「毒はロマンだと思うの」
笹野さんは胸の前で手を組み、キラキラ目を輝かせる。
「ロマンに人は殺されるわけだ。例えば、僕の父とか。笹野さんもロマンを使いたくなるの」
「ならない。持っていることがロマンなの。使うことには興味はないから」
近々に僕が毒殺される心配はなさそうだ。良かった良かった。でも、何を持っているのかは、のちのちの為にも訊いておきたいところだな。
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