僕たちは恋をしない

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家に着いた僕たちは室内に入る前に、庭を見ることにした。笹野さんは、ゆっくりと庭を見て回ってから、嬉しそうに言った 「ねえ、森緒君。この庭、毒だらけなんだけど」 「毒だらけ?」 確かに毒植物は買っていたけれど、以前から植わっているものも沢山あるのに。 「元々、お母さんって、毒のある植物が好きなんじゃないかな。綺麗な植物も多いから」  母が毒植物を好きだなんて話は、今まで聞いたことがなかった。 「そうなのかな。それなら父に使おうと思っているわけではないのか……」 僕の思い過ごしなんだろうか。さすがの母も、父を殺すなんてことまでは、考えないのかもしれない。 「どうかな。元々あるんだから、新しく買ったって、特に不審には思われないだろうし」 確かに。そういう考え方もできるのか。 「これを見て」 笹野さんは、真っ赤に炎が燃えて、揺らめいているような形をした花を指さした。僕の顔ぐらいの位置に、花が咲いている。 「なんていう花なの?」 「グロリオサ」 聞いたことのない名前だ。 「去年はなかった気がするから、新しく植えたのかもしれない」 「グロリオサはユリ科の植物で、球根にコルヒチンを多く含むの。コルヒチンはアルカロイドの一種で、多量摂取すると死ぬこともある」  やっぱり相当笹野さんは、毒植物に詳しいようだ。 「コルヒチンは分かるよ。薬にもなるやつだよね。でも、こんな派手な花の球根を食べようと思うものかな」 僕も笹野さんの隣に立ち、グロリオサを観察する。毒があると聞いてから見ると、なんとも毒々しい色合いに見えてしまうけれど、普通に見れば熱帯地域に咲いていそうな美しい花に見えるのかもしれない。 「もう一つ気になるのがあるの」 笹野さんは立ち上がると、少し離れた位置で、他の木に蔦を絡ませている植物に近寄った。ハート型の葉っぱを、彼女はそっと触る。茎のところどころに、小さな茶色の丸い実をつけている。 「ああ、これさ。昔、いきなり生えて来たんだ。ヤマイモだって、あの人は言っていたけど」 その通りだと、彼女は頷いた。 「でも、毒はないはずだよ。このむかごを昔食べたことがあるから。それとも芋の部分にはあるの?」  僕はむかごを取り、笹野さんの手のひらの上に置いた。ころんとしたそれを、彼女は手のひらで転がしている。 「ううん、ヤマイモには毒はないの。でも、グロリオサにはある。誤食する事故が最近もあったはず」 「収穫するときに、間違えるってこと? でも、グロリオサには、こんなに派手な花が咲いているのに、間違えようがなくない?」  地上に出ている部分を見る限り、二つの植物は全くの別物だ。 「掘ってみたらわかるけど、グロリオサの球根とヤマイモの地下茎、つまり芋の部分はとてもよく似ているの。混ざっちゃったらわからないかも」 「じゃあ、あの人は一緒くたに収穫して、食べさせてしまおうと思っているってことか」 「多分ね。それから、アコニチンという毒を持つ、トリカブトに似ているのが、こっちのニリンソウ。若葉は食べることができるの。春には白く可愛らしい花が咲いていたんじゃないかと思うけど」 笹野さんは場所を移し、庭の一部に群生している草の前でしゃがみこんだ。大きな木の下で、日陰になっている。 ヨモギのようなギザギザした葉っぱが特徴的な草だ。笹野さんの言うように、春になると、毎年素朴な花を咲かせている。 確かに、鉢に入ったトリカブトの葉と見比べると、とても良く似ていて。紛れてしまったら、わからなくなってしまいそうだ。 「食べることができるってことは、これには毒はないんだよね」 「アク程度の毒ならあるけど、茹でれば大丈夫みたい。トリカブトって、人の顔みたいに見えるよね」 「人の顔?」 僕は、トリカブトの鉢の前にしゃがんで、濃い紫色の花をよく見てみることにした。 「綺麗な花だけど、兜がたくさん並んでいるみたいで面白いでしょ」 「本当だ。でも綺麗っていうか、怖い感じがするな」 「そう? 私は好きだけど」  だろうね、と僕は心の中で思った。
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