僕たちは恋をしない

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「そうなると、花の咲いていない時期は、トリカブトとニリンソウも見分けがつかなくなるってことか」  笹野さんは、大きく頷いた。 「山では一緒に混じって咲いているみたい。花をしっかり確認してから採らないと、トリカブトのお浸しやてんぷらを食べちゃうかもね」 ふふっと軽やかに、笹野さんは笑う。 「山菜料理には、手をつけないようにするよ」  母が庭いじりを好きなのは知っていたけれど、よくもまあ、こんなに危険な植物ばかり集めたものだ。ずっと昔から、父を殺したいと思っていたんだろうか……。 「こっちには、よく誤食されるスイセンとか、トリカブトよりも人を殺しているイヌサフランもある。で、ほら向こうのミニ畑コーナーには、似ていると言われるニラや行者にんにくが植えられているでしょ。森緒君のお母さんは、植物を育てるのが好きなのね。うちの母なんて、なんでも枯らしてしまうのに」  笹野さんのお母さんを、まだ僕は見たことがない。彼女の話では、食事は作りおきしてあって、夕方や夜になると毎日のようにでかけてしまうらしい。 「笹野さんって、植物全般に詳しいの?」 「ううん、有毒植物が好きなだけ。子どもの頃から図鑑をしつこく読んでいたから、だいたい覚えちゃった」 「そうなんだ。それにしても、これだけ紛らわしい植物を植えていることを考えると、あの人は本気みたいだな。父が帰ってくるのは来週なんだけど、なんとか手を打たないと。除草剤でも買ってきて、全部に撒くしかないかな」 「この子たち、全部殺しちゃうんだ」 残念そうに、毒植物たちを見て、笹野さんは言う。 「もしくは、父を見殺しにするっていう選択肢もあるけど。人が死ぬよりは、植物が全滅するほうがいいかな」 「私もそう思うんだけど。トリカブトちゃんが……」  どうやら笹野さんは、毒植物に未練がたっぷりのようだ。 「じゃあ、撒く前にトリカブトは笹野さんにあげるよ。喉が渇いたし、そろそろ家の中に入ろうか」
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