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《三年振り》
あれから三年の月日が経った。
七月半ば…。
久しぶりに優しい人に出逢った街に戻ったあずま。
「帰ってきたんだな」
早朝、見慣れた街並みを感慨深く眺めながら歩いていく。
自分のことは省みる余裕がなくて、髪や髭も伸び放題、帽子を深く被り、両手は手袋で隠して…再びむさ苦しいホームレス姿になっていた。
ただ、一つの目的を果たすためだけに、帰ってきた。
「……」
敬大くんは大学四年生になっているはず。
敬大くんが大学を卒業したら、あのアパートを出てしまうかもしれない。あの子との接点はあそこしかないから。
卒業する前までになんとかお礼をと、それだけを目標にして生きてきた。
そうして、やっと溜まった一万円。
小銭だらけで、みっともないけれど、一ヶ月間食べさせて貰って、風呂に入れてくれた。
優しく抱きしめて、キスまで…
はじめてのことだったけど、全てが優しい大切な思い出。
お礼にはとても足りないが、敬大くんがあのアパートにいる間に貯めることができる金額はこれが限界だから。
ビニール袋に入った、一万円分の小銭を手に、敬大くんのアパートを目指す。
『龍川敬大様へ(一万円也)』
それだけをビニール袋にマジックで書き込んで…
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