《優しいひと》

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《優しいひと》

最近では体力も落ちて…時折出る咳も、しばらく止まらなくなった。 もうそろそろ身体も限界なのかも知れない。 どうせ死ぬなら優しい想い出のある、この街を選びたかったけれど、敬大くんと出会ってしまう可能性が高いから… 出て行かなくては… 再び、少し離れた外からは見えない場所に戻ってきて身体を休める。 ここからだと郵便受けは見えないが、敬大くんが部屋に入るところは見える。 もう、本当なら行かなくてはいけない… けれど、お礼を受け取った敬大くんの反応が知りたい。 もし、私のことを記憶の端にでも覚えていてくれたなら、この小銭だらけのお金を見て、思い出してくれないだろうか… 「……」 もう一度だけ、お金を受け取った敬大くんを見たら、今度こそ、ここを去ろう。 それを冥土の土産に… 残りの人生を生きて行こう。 しばらくその場で敬大の帰りを待つ。早朝のため、人はほとんど通らない。 そこへジョギングを終えた敬大が戻ってきた。 そのまま部屋のドアまで走っていく。 (気づかないか…) 郵便受けを見なければわからない、気づかず入ってしまうかと思ったその時… 不意に敬大が振り返って、郵便受けの方を見た。 そしてビニール袋が入っている事に気付いたようで、郵便受けまで戻ってきた。 (良かった) これで、受け取ったところを見ていける。 息を潜め、無意識に出てしまう咳も極力押さえ込み、その時を待った。 袋を持って部屋に入ってくれたら嬉しい。 しかし、その予想は外れてしまった。
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