4 断る隙は与えられなかった。

1/1
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ

4 断る隙は与えられなかった。

「この間の披露宴では途中で帰ってしまって、本当に申し訳ありませんでした」  玄関に入ってすぐ、持田さんは頭を下げた。  だが出迎えた奥さんらしき小柄な女性は、少々様子がおかしかった。  お姫様のようなピンクのドレスを着ていて、髪の毛は金髪の縦ロール、頭の上にのっている大きなリボンもピンクだ。仮装大会でもしているのだろうか。 「悪いと思うのなら、まず、これに着替えてもらえますか」 「はい?」  持田さんが手渡されたのは、中世の王子様のような衣装とマントだった。持田さんは怪訝な表情で奥さんを見ている。 「えーっと、これは一体どういう」 「お手洗いはそちらです。時間がありませんから。早く」  持田さんは気圧されて、そのままトイレに入っていった。  残された僕は、とても気まずかった。  奥さんはじっと僕を見ている。僕の頭から足の先まで確認すると、ウォークインクローゼットに姿を消す。  戻ってきた奥さんは、赤いドレスと金髪のゆるふわなカツラを手渡してきた。 「あなたはこれで。そちらの部屋で着替えてください」  連帯責任というやつなのだろうか。断る隙は与えられなかった。  ドレスに着替えながら、僕は思っていた。  なんで僕はこんなことをしなければならないのだろうか。初めて持田さんにプライベートで誘ってもらえたと喜んでいたのが馬鹿みたいだ。  小柄で童顔な僕は、小さい頃からよく女の子に間違われていた。鏡に映った自分は、完全に立派なお姫様だった。赤いドレスと金髪のカツラも無駄に似合うのが泣けてくる。 「あら、可愛らしい」  僕の姿を見た奥さんはニコニコしている。喜んでもらえたのなら本望だと思うしかない。僕は愛想笑いを浮かべる。もうやけくそだった。 「あの、こんな感じでよろしいでしょうか」  王子様の姿をした持田さんは素敵だった。宝塚にハマる女性の気持ちが少しわかったかもしれない。 「じゃあ撮影会始めましょうか」 「撮影会?」
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!