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6 やっぱり持田さんは雨女のようだ。
一通り撮影が終わって、休憩ということで紅茶とケーキが用意される。
持田さんのスマートフォンに着信があった。元バレー部の先輩からメッセージが届いたようだ。
『うちのは根っからの宝塚ファンでな。持田を披露宴で見た時から、どうしてもお前を王子様にして撮影会がやりたいって聞かなくて。男の俺ではどうも理想の王子様とやらにならないらしいんだ。すまん。生贄になってくれ』
それを見た持田さんの目は、氷のように冷たかった。
「あの野郎。ハメやがったな」
小さく呟いた声は、僕だけにしか聞こえてないようだ。奥さんがうっとりとした様子で持田さんを見ている。
「あら持田さん、そのクールな表情、勇者様みたいで素敵。ぜひこの聖剣を構えていただいて」
模造品の大剣を持たされた持田さんは、されるがままにポーズを決められている。持田さんもやけくそみたいだ。だが確かに勇者みたいで格好良いのは事実だった。
夕方近くまで撮影会は続き、ようやく解放された頃には、徐々に雲行きが悪くなっていた。道端の野良猫は顔を洗っている。
「そこの猫、私の前で顔を洗うんじゃない」
「そんな理不尽な」
どうやら持田さんはご機嫌斜めなようだ。
「いろいろとすまなかったな。巻き込んで」
「いえ。なかなか貴重な体験ができましたし」
「それじゃあ、また会社でな」
お互いに反対の道に別れて歩いて行く。持田さんの行く方向に雨が降り出した。
やっぱり持田さんは雨女のようだ。だがもしかすると、持田さんと離れたくない僕が、この雨を呼んだのかもしれない。
僕は持田さんを追いかけた。
腕を掴んで雨から逃げるように、僕たちは逆方向に走った。
どこまで雨から逃げられるかはわからない。それでも僕は持田さんと一緒に走り続けた。
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