2 僕は初めて見た。雨と晴れの切れ間を。

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2 僕は初めて見た。雨と晴れの切れ間を。

 その日以来、僕は持田さんに呼び出されることが増えた。持田さんに頼りにされるのが嬉しくて、できる限り僕は二つ返事でどこにでも同伴した。  だが残念なことに、晴れ男の効果があったのは、最初の一回だけだったようだ。  今まさに僕たちは、ゲリラ豪雨に見舞われている。  クライアントのわがままで、新商品の発表会が屋外ステージに急遽変更になり、僕は会場に呼び出されたのだが、この有様だ。  僕は初めて見た。雨と晴れの切れ間を。  僕の五十センチ前で雨が降り始めたからだ。 「神崎が今度こそ大丈夫っていうから呼んだのに、全然効果がないじゃないか」 「おっかしいなー」  持田さんが外へと出た途端に、笑えるぐらいにピンポイントなゲリラ豪雨が発生したのだ。  ステージに置かれていた商品をすべて運び終えたときには、僕と持田さんはずぶ濡れになっていた。 「こんなものすごいタイミングで、ゲリラ豪雨に見舞われたのなんて僕、初めてですよ」  持田さんがムッとした表情をする。 「悪かったな。私は定期的に『なぜ今なのか』っていう狙い澄ましたタイミングで、土砂降りに見舞われてるんですがね」 「マジですか」 「マジですよ。雨女、なめんなよ」 「おかしいな。僕、晴れ男だったんはずなんですけど、持田さんと一緒にいると雨ばっかりです」 「私のせいだって言いたいの」 「割とそう思ってます」  持田さんに睨まれた。 「前と言ってることが違わないか。私のせいじゃないって言ってただろ」 「あの時はそう思ってたんですけど、ここまでとは」  ゲリラ豪雨が止む気配はない。 「もしかして持田さんって、本当に雨を操る能力者か何かなのでは」 「人を化け物みたいに言わないでくれるかな」  持田さんにゲンコツをくらった。 「痛いですって」 「私にそんな力があったら、今頃、国家レベルで任務を頼まれて、干ばつ地域に派遣されてるよ」 「なるほど」  持田さんはムスッとしている。  クライアントがわがままを言わなければ、持田さんが不機嫌になることもなかった。  けれどそのわがままがなければ、僕は今ここにはいない。複雑な心境だった。ここ最近の僕は、雨が降ると困るイベントが発生しないかなと密かに願い続けていた。まるで恋人に会いたいがために、火事を起こしてしまった八百屋お七のようだ。 「晴れ男と雨女が一緒にいたらどうなるんだろうってやつ。どうやら雨女のほうが強いみたいですね。一勝九敗で晴れ男の完敗です」 「長年の謎が解決して良かったじゃないか。けど私はこんな勝利は望んでいない。わけのわからないうちに勝つのは嫌いなんだ。試合でも相手のミスで勝つより、自分がスパイクを決めて勝ちたいタイプなんでね」  不敵な笑みを浮かべる持田さんは格好良かった。雨に濡れた横顔が凛々しい。きっとコートの上でも頼もしい選手だったのだろう。 「昔から雨女だったんですか」 「幼稚園の頃には、すでにそう呼ばれてた記憶があるかな」 「なかなか年季が入ってますね」 「私だって好きで雨女になったんじゃないよ」  雨の降り続ける空を見上げた。厚い雲が少しずつ薄くなってきた。 「行く予定じゃなかったイベントが、自分が行くことになった途端にゲリラ豪雨とか、逆に、予定をキャンセルした途端に快晴にとか、そういうのが何回もあれば、さすがにもう認めざるを得ないでしょ」  持田さんは大きなため息をついた。僕もつられたようにため息をついた。 「もしかしてご先祖様が雨乞いをやってる巫女さんだったとか」  持田さんは腕を組んでしばらく考えていたが、何かを思いついたように手を叩いた。 「あーそういえば、祖母が神社の娘だった気がする」 「それですよきっと。よっぽど強力な龍神様とかが守護霊としてついてるんじゃないですか」 「でも家族で私だけが雨女なんだけど」  持田さんは解せないという表情をしている。 「じゃあ、僕が一生かけて持田さんの呪いを解きますよ」 「は?」 「僕だって小学生の頃から晴れ男と言われてきた男です。たぶん、効果がうまく発揮されないのは一緒にいる時間が短いせいです。だから持田さんはずっと僕のそばにいてください」 「神崎、お前何を言ってるんだ」 「これからは仕事だけじゃなく、プライベートでも一緒にすごしましょう。そうすれば雨女と晴れ男が、ちょうどよく混ざって、良い感じの天気になると思います」 「なんなんだ、その屁理屈」 「だめですかね」  持田さんは頭を抱えている。 「神崎、お前バカだろ。そんなデタラメで人生決めるやつがどこにいるんだ」 「ここにいますね」 「バカじゃないのか。だいたい神崎の晴れ男伝説は、たったの一回で効果なしだって証明されてるわけだが」 「きっと何度も一緒にいれば、僕の晴れ男効果も戻ってくるはずです。だからくじけずに、また呼んでください」 「本当にポジティブなやつだな」 「そういう持田先輩は、案外ネガティブですよね」 「余計なお世話だ」  空を見上げる。少し光が差してきた。 「ほら雨止んできましたよ。たぶん僕の晴れ男効果が」 「んなわけあるか。調子に乗んな」  僕はこうして持田さんに、遠回しに一緒にいたいと告白したわけだが、もちろん本気にしてもらえなかった。結局プライベートではまだ一度も呼び出されていない。
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