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その時、ずっと新聞を見ていた男がこちらに歩いてきた。
「お願いヴィーナス、あなたが居ないとダメなの!ーーって仲間が言いに来るのを待っているのかい?それは、随分と性格が悪いね」
知らない男だ。この30手前の男は灰色のスーツを小綺麗に着こなしている。私が知らない男なのに、何故か私の正体を知っている。
『誰』
「君のファンさ。人混みの中でもう何日も君の登場を待っていたのに、君が来ないから迎えに来た」
男が黙って座る私を見下ろしているのを、スマホをいじっていた20代半ばの女性が目にも止まらぬ勢いで止めにきた。
「ちょっと、言わない約束だったのに!」
すると男性は今までの気障ったらしい言い方を全て捨て、駄々っ子のように言葉を並べ立てる。
「だってだって!!俺は戦うヴィーナスがまた見たい!あんたは俺の推しなんだ!皆だって俺の推しが世界を救うところがみたいだろ!今日が世界の最後の日なんだ!皆、ヴィーナスに会いたいだろ!!応援したいだろ!!」
男のその言葉をキッカケに喫茶店の入り口からぞろぞろと人々がなだれ込む。1人、2人、3人、4人、5人......50人以上は入れなかった。でも、まだまだ入り口の向こうに人が居るようだ。
私は呆気にとられる。
おばちゃんなんかはお皿を落としてしまっていた。
『何、え......』
「俺たちはヴィーナスを守る会!!君が魔法少女をやめてから、君を脅かすものが居ないように俺たちはずっと君を守ってきたんだ」
「決してヴィーナスに声を掛けない、決してヴィーナスに気付かれない、決してヴィーナスを傷つけないをモットーに今まで活動を続けてまいりました!けれど今日は世界最後の日。わがままをお許しください」
知らなかった。いつも私は1人でひっそりと生きているつもりだった。でも、この人達は変だ。
『わがままも何も、世界最後の日なら家族と一緒に過ごしたりとか悔いのないよう過ごしたりとか、それぞれ役割があるでしょ。こんなことしてる暇ないでしょ』
「えぇ、ごもっともです。ですが、私たち一般人にも私たちにしか出来ない役割がある」
『何』
今更何ができるというのだ。
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